大應寺の横手にある水宮神社。
 先ず、鳥居の前の顔出しパネルにびっくり。なんじゃ、これは?

顔出しパネル 

 なかに入ると、クイズや四柱推命・厄年の解説パネルがあちこちに。(境内にも顔出しパネルあり)
 クイズは漢字の読み方テストで、
 ①「を返す」、②「自然の」……太字の漢字は何と読むか(答えは最後に)
  

 おみくじや占いなどはゲーム感覚。
 勝負運・恋愛運・金運・健康運……を占う輪投げというのもあるぞ。

輪投げ占い   

 これには「心・技・知」が必要で、心…心を落ち着かせて、技…指先まで神経を行き渡らせて、知…成功を思い描いて、と説かれている。なるほど。
  

 お参りしようと本殿前に立つと、なんと、ここも金ピカ。

水宮神社・本殿   

 しかも両側には狛犬ならぬ狛蛙。これは?
 近くにはその由来が解説されていますが、蛙は神の使いとして人を導くとされ、さらに「無事かえる」「栄える」「迎える」「活きかえる」というめでたいことばにあやかったものらしい。

狛犬ならぬ狛蛙  

 そういえば手水場にも蛙が置かれていました。
 ここは常に水が流れているのではなく、カランをひねれば出る。節水のため。

蛙の手水場 

 当社の由来を調べると、正式名称は摩訶山般若院水宮神社。
 これは室町時代、京都聖護院を本山とする修験寺摩訶山般若院として創建されたものの、明治になって神仏が分離され、このような神社になったとのこと。

金ピカの本殿 

 境内のパネルは他にも十二支、干支、四柱推命、厄年などが解説され、読みごたえはあるけど、面倒くさいので省略します。
  

 これらのゲームやパネルはおそらく、神道を気軽に学んでもらおうという配慮で設置されたのではないか、そんな気がしました。
     
 漢字の答え、①「てのひら」、②「ことわり」
 やさしかった?
   

 境内の由緒に倦みし薄暑かな
  

 貝塚公園の向かいにある大應寺。
 真言宗智山派(総本山は京都智積院)に属し、山号は水光山。
 三門(山門)は鐘楼になっており、なかなか立派。

大應寺・鐘楼門   

 創建は不詳ですが、室町時代にはあったとされ、その後何度か大火に遭い、近年には平成21年(2009)に本堂が建て替えられました。金ピカで立派なもの。

大應寺・本堂 

 ご本尊は不動明王。

不動明王 

 境内は広く、薬師堂や観音堂もあります。

大應寺・境内と薬師堂 

 観音堂には十一面観音。
 ガラス越しに撮っているのでわかりにくいけど、観音様の王冠(?)には十体の小さな観音様がついています。

十一面観音 

 境内には弘法大師の像があります。
 これを拝んだらお遍路と同じご利益が?(それは甘い)

弘法大師 

 やすらぎ地蔵。

やすらぎ地蔵 

 おそうじ小僧。
 これはお釈迦様の弟子のひとり周梨槃特(チューラ・パンタカ)をモデルにしたもので、他の弟子と違って、学業よりも毎日掃除をすることによって釈迦の教えを会得し、羅漢にまでなったそうで、「なにごとも専念することが大事である」との教えだとか。

おそうじ小僧 

 ははーッ、ありがたきおことば。
    

 弘法と市内遍路や薄暑光
     

 富士見市は貝塚の多いところで、14ヵ所も発見されているそうですが、なかでも水子貝塚は縄文時代前期を代表する遺跡として、戦前から知られていたそうです。

水子貝塚公園にある竪穴住居 

 静かな森林に囲まれた公園のあちこちに竪穴住居が建てられています。
 竪穴住居の近くに4本の棒が立てられていますが、これは高床式住居(倉庫)の柱?

高床式住居の柱? 

 これらは遺跡が発掘されたところで、縄文時代前期(5500~6500年前)のものと推定され、出土されたものや、当時の資料をもとにして復元されたものです。

 なかでも15号住居は当時の人々の暮らしが再現されています。
 ふーむ、お父さんは逞しく、お母さんは働き者で、いい家庭だ。

復元した竪穴住居の内部 

 公園の一角には、市内から出土したものを中心に展示している「水子貝塚資料館」があります。
 それによると昔は海が内陸深くまであり、このあたりは岸辺に近いとのことで、多くの貝殻が出土されました。

水子貝塚資料館 

 復元された竪穴住居に入ってみたら、ひんやりと涼しかった。
 夏はここで過ごそうかな。

出土した土器類 

 なお、ここは昭和44年(1969)国の史跡に指定されています。
        

 縄文の暮し髣髴せむ薄暑
      

 文化の杜(富士見市)の藤については先日(05/05)述べましたが、川越の友が「あれ以外に目ぼしい藤棚はないのですか」と訊くので、「そんなものはねえよ」と答えました。
 ちょっと連れなかったかな。
 ということで、近所の藤棚を探しまわりました。
        

 同じ富士見市では近所の江川プロムナード。
 これは河津桜でもUPした富士見江川の上流で、所どころ暗渠になっていますが、そこに小さな藤棚がありました。
 花壇の向こう側にあるアーチ状の鉄柵は江川のカバー。

江川プロムナードの藤棚①    

 反対側から見るとこうなります。(↘)
 この藤の木の幹はいちばん奥の端。したがってこれは一本藤。

江川プロムナードの藤棚② 

 そこから600mほど南東にある北通公園。
 ここにも藤棚がありました。これは二本藤かな。

北通公園の藤棚① 北通公園の藤棚②

 所沢・航空公園にはけっこう大きな藤棚があります。
 この藤棚は近所の人も知っているようで、シーズンになると多くの人が訪れます。
 なかにはこの下で読書する人も。

航空公園の藤棚①  

 藤棚の下。
 強い香りがしますが、それがなんとも心地よい。

航空公園の藤棚② 航空公園の藤棚③

 川越に行くとき、通る途中のふじみ野市・西公園。
 ここの藤棚は小さいけど、なかなか見事です。(ツツジもいいけど)

ふじみ野市・西公園にて 

 手入れも行き届いています。このときは満開でちょうど見ごろ。
 天気もよくすべていいとこ撮り(?)で、ラッキーでした。

西公園の藤棚 

 友の地元、川越にも藤棚はあります。
 まずは喜多院・五百羅漢入口の藤棚。

五百羅漢入口の藤棚 

 そして蔵造り一番街に面した公園の藤棚。
 この日は川越春まつりの真っ最中で、ぴ~ひゃら、ぴ~ひゃらとお囃子をやっていたけど、知ったことか。藤棚を撮るのが優先だい。

お囃子会場の藤棚 

 以上、目ぼしき藤棚を列挙したけど、これで友は気をよくしてくれるかな。
  

 気にかかる書読む佳人や藤棚で
      

 そういう時代もあったなあ。

 志木市役所のいろは橋をはさんだ向かい側に中州があり、ここに旧村山快哉堂があります。

いろは橋(志木大通り) 

 旧村山快哉堂とは、明治初期から本町通りで「中風根切薬」などの家傳薬を製造・販売してきた薬店ですが、平成5年に閉店し、歴史建造物としてここに移築復元されました。

旧村山快哉堂 

 今(~05/07)ここで展示しているのが「端午のつるし飾り」
 武者の兜が上段に置かれた五月人形の周囲に、いろんな形の飾りが吊るされています。

つるし飾り(中央は五月人形) 

 1本のひもに鯉や風車、桃太郎、アヤメなどをモチーフにした飾りが結ばれ、その数約300個。
 ここの管理をしているボランティアの女性スタッフが昨年7月ごろから月に2度ほど集まってつくり続けてきたとか。

横から見たつるし飾り 

 これは三番叟(さんばそう)とのこと。
 三番叟って翁(おきな)のことかと思っていたけど、他にもいろいろあるらしい。
 (これは色っぽいお婆さん?)

三番叟(?) 

 制作に当たられたスタッフのみなさま方、ご苦労様です。
  

 いろは橋からは新河岸川に架かる鯉のぼりも見られました。

新河岸川に架かる鯉のぼり① 

 これは横から見た鯉のぼり。

新河岸川に架かる鯉のぼり② 

 横並び遡上夢見し鯉のぼり