先日、上福岡歴史民俗資料館で行われた巡回企画展「消えゆく戦争建築・火工廠(かこうしょう)」を観てきました。
 それによると、昭和12年(1937)から20年(太平洋戦争の終戦)まで、現在の大日本印刷、日本無線埼玉工場~上野台団地、福岡中央公園の一帯に、旧陸軍弾薬工場の造兵廠(通称「火工廠」)があったとのこと。
   

 地図を見ると、この場所というのはふじみ野市のメインストリート・県道並木川崎線(335号)に沿っていて、真ん中に市役所があり、まさに中心地です。

造兵廠の施設図   

 しかもこの県道並木川崎線は、火工廠で生産された爆薬類をJR川越線(当時は軍用鉄道)南古谷駅に運ぶための軍用道路(昭和16年敷設)だったといいます。

かつての軍用道路だった県道並木川崎線(左)   

 最大700棟の建物のうち、危険物を取り扱う建物の周囲には、爆発しても周囲に影響を与えないよう厚いコンクリートの壁(防爆壁)が作られ、弾薬倉庫の周囲にも高い土塁が築かれていました。
    

 この塀は県道並木川崎線沿いに今でも一部残っていますが、意外に低い。
 というのは、建設当時よりこの道路側の地面が高くなったためで、当初は高さ2mの威圧感を持った壁であったといいます。

現存する外壁  

 同じ道路沿いにひときわ高いスダジイの木が植えられていますが、これは施設の目隠しと防火の目的で延焼しにくい常緑樹のスダジイが用いられました。

防火樹となったスタジイの木   

 また白壁と「官舎通用門」は原型をとどめているそうです。(何回か塗り直されている模様)

現存する外壁と官舎通用門   

 内部の施設はもう残っておらず、全部パネル写真で見るだけ。
   

 これは当時の火薬倉庫。
 鉄筋コンクリートモルタル造りで、爆発したときの被害を抑えるためわざと小さな小屋で、大量に貯めないようにしていました。当時は小屋の周囲に土塁が築かれていました。

火薬倉庫(パネル写真より)   

 爆薬填実(てんじつ)室。
 銃弾の薬きょうに火薬を詰め込む作業をする建物で、壁は厚い鉄筋コンクリート製ながら、屋根と天井は木造で、万が一の爆発の際は爆風が天井を抜くことで、周囲への影響を少なくするようにつくられているとのこと。

爆薬填実室(パネル写真より)   

 内部は中央に廊下、両側に作業部屋があり、各部屋は厚い壁で仕切られています。

爆薬填実室・内部(パネル写真より)   

 この火工廠の施設内では約5,000人の従業員が機関銃弾、小銃弾から陶製手榴弾(チビ弾)、風船爆弾の電気雷管・信管の部品などを製造しており、さらに昭和19年8月から終戦時までは、川越中学校、川越高等女学校、福岡国民学校などの生徒1,500人が学徒動員として、危険な作業に従事していたそうです。
    

 このあたりはふじみ野市の中心地で私もよく行くところ。県道並木川崎線は伊佐沼へ行くときには必ず通る道です。
 こんなところに旧日本軍の爆弾工場があったとは、おどろきました。
      

 ※同展示は8月26日~9月18日の間、大井郷土資料館で行われます。

    

 大宮氷川神社の参道は、さいたま新都心駅と神社を結ぶ約2kmの並木道で、なかなか風情のある道です。
  

 この並木は大半がケヤキだそうです。

氷川参道   

 一部大きな岩を利用した石庭があり、これがなかなかの味わい。「平成ひろば」というそうです。

ちょっとした石庭になっている   

 石庭から参道の眺めも乙なもの。

石庭から参道を見る   

 二の鳥居。
 これは明治神宮から奉納されたもの。高さ13m、幅17mで日本最大級の大きさだそうです。

二の鳥居  

 参道の脇には小ジャレた喫茶店や団子屋もあります。

シャレた喫茶店などもある   

 所どころ切り取られた名木(?)もあり、興趣をそそられます。

だんご屋も   

 そして三の鳥居。
 ここから先は氷川神社の境内ですが、この時期の参道は涼しくて、歩くのも気持ちがいい。

三の鳥居 


 今週は月曜からずっと雨で、気温も低いので「涼を求めて」は自重していましたが、今日は暑くなりそうなので、涼しいところのご案内。
 大宮第二公園の西側に小さな川(ドブ川?)が流れています。

見沼用水西線    

 これは見沼用水西線(見沼代用水路西縁)といって、江戸時代灌漑用につくられた水路です。
 この一部に水路を利用した水車小屋があり、子どもが水遊びできるように浅くなっているのですが、今回きてみると水車が壊れていて、子どもたちの姿もなく、なんとも寂しい。

水車小屋 

 その見沼用水路沿いに遊歩道があって、これを「万葉の並木道」といいます。
 なぜこれが万葉の? と不審に思って説明書きを見ると、どうやらこの並木には万葉集に詠まれた草花が植栽されているとのこと。なるほど。

万葉の並木道(左が見沼用水路)   

 こちとら植物に詳しくないので、どの木、どの草が万葉の植物かわからないけど、鬱蒼とした森の気分はやはり万葉なのかな。

万葉の並木道   

 2年前の秋、この道を徘徊したときには、道の外れに小さなパン屋さんがあり、万葉集(山上憶良)に習って「瓜食めば子ども思ほゆ パン食へばまして偲はゆ」と詠んだものですが……。

パン屋さんがあったはずが…   

 そのパン屋さんがない。
 水車といい、パン屋さんといい、2年前とは様相が違う。
 「万物は流転する」とはこのことか。
     
 パン食えへば子ども思うほゆ蝉しぐれ
  
 パン屋はなかったんだけど。

     

 大宮第二公園にやってきました。
 ここは梅、菖蒲、紫陽花など四季折々の花の名所になりますが、あじさい園の奥に広大な窪地があります。

あじさい園の裏の遊歩道   

 この窪地には中央に池(ひょうたん池)がありますが、これは芝川の調整池(正式名は芝川第七調整池)です。
 調整池とは台風や梅雨前線の大雨のとき、川の氾濫をふせぐために川の水を一時的に溜めて水量を調節する池のこと。

遊歩道からの眺め①   

 涼しい木陰から池を眺めるのもなかなかの風情です。
 (この眺めは大宮二十景のひとつとか)

遊歩道からの眺め②   

 説明書きによると、このあたりは見沼という地名でその名の通り沼地が多く、田んぼとして利用されてきましたが、田んぼを廃止してからは調整池になりました。

ひょうたん池全景   

 ひょうたん池に下りることができます。
 池のほとりには柳の他、数本の木が植えられており、どこからともなく涼しい風が吹いてきます。

柳越しに見るひょうたん池   

 荒川をはじめ埼玉県の河川には、その流域に多くの調整池が見られます。
 これは水害に遭ってきたこれまでの歴史が行政に活かされていると考えられ、今後もこの光景は変わることはないと確信しました。

釣りをする人々 

 父と子の釣り糸垂れし敗戦忌

     

 入間川七夕まつりが開催された5日(土)、6日(日)は、ふじみ野市でも「上福岡七夕まつり」が行われました。
   

 「入間川の七夕を見たついでだ。こっちも見てやろう」
 ふじみ野(上福岡)は近い。近所のよしみもあります。

急造の七夕神社  

 もっとも前日(08/05)に入間川七夕の壮大な(?)飾りを見たばかりなので、「埼玉県であれに勝るものがあるとは思えない」という思いがありました。

イベント会場   

 イベント会場になっている上福岡中央公園や、露店の建ち並ぶサンロード商店街の様相は、まァふつうの祭風景。

サンロード商店街  

 しかしそこから路地に入ってみると、おびただしい七夕の竹飾り。

一番街の七夕飾り   

 とくに駅前名店街は大小さまざま、色とりどりの竹飾りが設えられています。

駅前名店街①   

 ふじみ野市HPによると、「上福岡駅周辺には商店街、自治会、小・中学校PTAなどの方たちが趣向を凝らした約270本の竹飾りで彩られ」とあるけど、これは駅前名店街だけではないか。他の路地を合わせると、1,000本は越すと思われます。

駅前名店街②   

 たしかに入間川七夕(狭山市)の場合は1.5km(延べ)の道路に100あまりの飾りが設えられていて、スケールは大きいけど、駅前名店街の飾り密集度は入間川以上ではないか。

女の子は人形に関心(駅前名店街)   

 というわけで、ここは横丁の七夕飾りが凄い。
 観光客は2日間で17万人に達するそうです(ふじみ野市HP)。なるほど。