(深浦湾の続きです)
 深浦湾を北上すると追浜トンネルに。
 ここは明治45年(1912)につくられ、当時は「鉈(なた)切トンネル」と呼ばれていたのですが、昭和8年(1933)に改修され、追浜トンネルと名前が変わりました。
追浜トンネル 
 そのトンネルの手前に「官修墓地」の道標があるので、そこを上りました。かなり険しい階段と坂道。
トンネルの手前の標識 険しい山道
 それでもどんどん進むと、所どころに人家があり、そこを通るとまた急な上り階段。
 そこを上がると見晴らしのいい高台に。あれッ、墓地は?
見晴らしのいいところに 
 そこで近くにいた年配の女性に尋ねると、「ここではなくて、もっと下です」
 と案内されました。200mほどの山道を歩いてもらって申しわけない。当人は「散歩の途中ですから」といってましたが。

 官修墓地は荒れた草むらのなかにありました。
 解説板によると、この墓地は西南戦争(明治10年=1877)に出征した政府軍兵士の墓。
 「この戦役で負傷した兵士が帰ってくる途中、船内でコレラが発生し、数人が亡くなり、そのうち遺族不明の48名の遺骨を政府がここに埋葬した」とのこと。
官修墓地 
 圧倒的に水夫(船員?)が多い。政府軍の兵士といえども、劣悪な環境に置かれていたんだな。
 西南戦争は我が国最後の内戦。この戦役で西郷軍は滅びましたが、政府軍も6200人以上の死者が出たとのこと。
 両軍の犠牲者に対して手を合わせました。
墓標 
 先ほどの老婦人の話では、毎年4月の慰霊祭になると墓地はきれいに清掃されるのですが、それが過ぎると放置されるそうです。

 墓参を終えて再び高台へ。
 ここからは、追浜駅から東に延びる夏島貝塚通りが見えます。
 まっすぐ(北)進むと平潟湾、右(東)に進むと横須賀の海。
浦郷高台から見る景色。正面は横須賀スタジアム。小高い山は野島。 
 時間はまだある。東へ行こう。
 と尾根伝いを下に向かいました。この尾根の両側はコンクリートづくり。
 風情はないけど、崩落の怖れを考えるとやむを得ないのか。
浦郷高台の尾根道 
 それにしてもこの地域は予想外に山が多い。
 横須賀市はトンネルの多いところで120基あるといわれていますが、なかでも追浜地区は16基もあるそうです。
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