横浜高校の台頭によって、初めて知った能見台駅。
 京急の路線図から忽然と消えた谷津坂駅。
 この両者が同じだったとは。

 2012年10月12日、私は能見台駅に降りました。
 「おかしいな。N産業がない」
 駅前の周辺地図を見ましたが、N産業はありません。
 たしか駅前の通りを少し下りたところに、線路に沿って大きな工場がありました。地図でいえばイトーヨーカドーのあたり……。

能見台駅 

 そばで地図を見ていたお婆さんに聞きましたが、「ここへは病院に通うのにきているので、知らない」とのこと。聞くのではなかった。

 駅前を横切る能見台通りの急な坂を上ると、小さな郵便局がありました。
 郵便局ならわかるだろう。

能見台通り 

 窓口の女性に尋ねました。
 「40年以上も昔のことですが、近くにN産業という工場があったの、ご存じですか?」
 「ああ、それなら今のイトーヨーカドーのところにありましたよ。もう20年ほども前ですが」
  
 すると奥から年配のオッチャンがこういいました。
 「N産業ね。あそこはテッポウつくってたんですよ」
 「えッ、鉄砲? 武器の?」
 「そうですよ。この辺の者ならみんな知ってます。有名な軍需工場ですよ」

駅南側、下は16号線 

 知らなかった。
 銃器製造は、わが国ではご禁制のはず。(個人でつくれば逮捕されます)
 それが大きな工場で、堂々とつくられていたなんて。
                         *
 しかし、そういわれると思い当たるフシはあります。
 一緒に行った営業のオッチャンは元軍人で、相手先の会社の総務部長とは軍隊仲間でした。
 「オタクは第〇連隊でしたか。私は第△連隊」
 これで話が通じ、広告を取るという、まことに不思議な営業でした。

 これが軍需産業だとしたら、すべて腑に落ちます。みんな軍部つながり。
 今にして思えば、私が取材に行った杉田(横浜市)、田無(東京都)、狭山工業団地(埼玉県)の工場も、みんな軍需(関連)産業でした。

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