1990年代、甲子園大会で横浜高校の松坂投手が活躍していたころ、京浜急行「能見台(のうけんだい)」という駅名をよく耳にしました。同校の最寄り駅だというのです。
 「そんな駅、あったっけ?」

 上京して最初に住んだのは品川区東大井の海っぺりで鮫洲(さめず)駅の近く。そのため京浜急行にはひときわ愛着があります。
 横浜より先でよく知っている駅名は日ノ出町、黄金町、弘明寺(ぐみょうじ)、杉田、金沢文庫、金沢八景。しかし能見台は聞いたことなかった。

 「待てよ。谷津坂という駅もあったはず」
 私は20代前半、新宿の出版社に勤める前、ある業界誌の編集を手伝ったことがあります。
 この業界誌は「現代の名工」と銘打って、工場などの技能優秀者を取り上げて称賛し、その企業から広告費を取るというやり方でした。
 私は営業ではなかったけど、営業のオッチャンと一緒にあちこちの工場を取材にまわりました。
京浜急行 
 「これじゃ使えない。撮り直すしかない」
 横浜南部にある京急沿線のふたつの工場を取材し、技能優秀者の青年の写真を撮りましたが、そのうちの一件がまるでピンボケ。もう一度行くしかありません。
 N産業という、機械の部品をつくる工場でした。

 「またですか」
 工場に二度も撮影ということで、受付に怪訝な顔をされました。
 それでもわけを話すと了承してくれ、撮影は無事に終わりました。
 あの工場の最寄り駅が谷津坂駅でした。
 あのときは勘違いして(もうひとつの工場のある)杉田駅で降り、あわてて乗り直したので、谷津坂の駅名はよく覚えています。
 しかし京急の路線図を見ても、ない。谷津坂駅が消えている!

 待てよ、と思い、「谷津坂駅」を検索しました。
 すると、真っ先に出たのは「能見台駅」。昭和57年(1982)駅名変更とあります。

 そうか、そういうことだったのか!
 これで謎は解けました。

 ではなぜ谷津坂から能見台に改名したのか。
 Wikipediaによると、京急がこの地域を開発分譲する際、駅の少し上にあった、江戸時代から有名だった景勝地「能見堂」にちなんで能見台にしたというのです。

 こうなったら、現地に行ってみるしかない。
 能見台駅に対する興味が俄然湧き起りました。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/946-37a52713