府中市の学園通り。
 ここにカトリック府中墓地があります。
 昔この近くに住んでいたころ、幼い息子を連れて界隈をよく散歩しました。
カトリック府中墓地・全景 
 「あれは……?」
 「お墓だよ」
 「お墓って?」
 「死んだ人が眠っているところだよ」
 「ふうん」
墓石① 
 息子は好奇心の強い子で、見慣れないものを見るとすぐ「あれなあに」「これなあに」と聞いてきました。
 こちらはそれが面白く、いつもまじめに答えました。
 ときとして難しいことも話したので、幼い子に理解できたかどうか。
墓石② 
 この墓地には何回か入りました。
 「あれは?」
 「十字架だよ」
 「十字架?」
 「お祈りするところだよ」
 「お祈り?」
 「そう、お祈りだよ」
墓石③ 
 お祈りの仕方を教えました。
 私の家系はクリスチャンですが、私はそうではありません。
 けれども宗旨に関係なく、祈る心は大事だと思ったからです。
 したがって十字は切らず、手を合わせて瞑目するのみ。
 これは教会だけではなく、神社仏閣、どの宗教施設も同じです。
 あれから40年近くの月日が流れました。
 当時はもっと緑が多かったように思います。墓石も素朴でした。
テーブルも 
 しかし今は洒落たものが多く、バラエティに富んでいます。
 (不謹慎ながら、墓石も撮らせてもらいました)

 マリア像もこんなにあったっけ。不思議な思いでした。
マリア像 
 墓地のほぼ中央にひときわ高い十字架が建っています。
 お祈りをして写真を撮らせてもらいました。下にはこう書かれています。
 「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。(ヨハネによる福音8章12節)ペトロ岡田武夫」
中央の十字架 
 ペトロ(ペテロ)といえば私じゃないか。(洗礼名です)
 およそ違う生き方をしている?
 いや、そんなことはない。多少なりとも「命の光」は持っているだろう。
 そんなことをつぶやきながら、墓地をあとにしました。
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