千葉県北西部にある流山の地名の由来は、その昔、上州(群馬県)赤城山の一部が流れてきてできたといわれています。(一説では流れてきたのは赤城神社のお札〉
赤城神社拝殿の絵 
 そこでこの地の人々は流れ着いた小山のてっぺんに社をつくり、神社に仕立てました。
 これが一茶双樹記念館の近くにある「赤城神社」です。

 行ってみると、一の鳥居に大きなしめ縄がぶら下がっています。
 「ほう、大きいな」
一の鳥居の大しめ縄 
 説明書きによると、
 「このしめ縄は祭礼に先立って氏子や近辺の住民300人が力を合わせてつくる」とのことで、
 「青竹4本に稲ワラをかぶせ、縄で巻き締めた直径40㎝の大繩3本をつくり、これを撚り合わせる。できあがった大しめ縄は、長さ約6.5m、太さ約1m、重量約500㎏あり、近郊では屈指の大きさを誇る」そうです。

 その鳥居をくぐって境内へ。
二の鳥居 
 二の鳥居をくぐると、奥が社?
 しかし真っ暗。閉まっている?
奥は真っ暗 
 近くまで行くと石段。この上にあるらしい。
 「まったく、急な石段やな」
 とはいえ彼は小学時代、通学路の百段(吉田山)で鍛えた身。なんのこれしき。
急な石段 
 「なるほど、これが赤城山か」
 「国定忠治やな。赤城の山も今宵限り……」
 「待ってました!」
 「これ以上はやらんで。お布施がないと」
 「お布施というより、そのあとのセリフ、知らんからやろ」
 「ばれたか」
拝殿 
 赤城山は学生時代、前橋の友人の案内で行ったことがあります。
 ほとんど忘れましたが、山頂は涼しかった。
 しかしここ(流山)にも赤城山があるとは……。
 ただし神社特有の涼しい風に「なるほど」と思いました。
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