昨日(08/19)取手の友と再び流山に行ってきました。
 同市の江戸川沿い(天晴通り)にある「一茶双樹記念館」は俳人・小林一茶(1763~1827)と親交が深かったみりん醸造業の五代目秋元三左衛門の屋敷のあったところ。
一茶双樹記念館・入口 
 秋元三左衛門は家業の傍ら俳句をたしなみ(俳号・双樹)、「伊勢派撰集」に入選するほどの腕前で趣味の域を超えていたといいます。

 入口は商家を再現し、奥に双樹亭と庭園があります。
 商家の2階には一茶と双樹の俳句集が展示されていました。(撮禁)
商家の再現 
 「キミは俳句をやるから一茶の句はよく知ってるんやろ」
 「いや、『やせがえる負けるな一茶ここにあり』ぐらいしか知らん。それもどこがいいのかさっぱりわからん。一茶やから通用してるんとちゃうか」
 「そんなもんかもしれんな」
双樹亭 
 次に双樹亭。
 ここは茶会や句会にも使われるそうです。
 「この小さな畳は炉が切ってあって、ここで茶を点てるんや」と取手の友。
 彼は昔、裏千家の茶をたしなんでいたとのことで、作法を説明。(一応撮っておきました)
茶の作法を説明する友 
 「ほら、この手水鉢に紅葉が一葉浮かんでるやろ。これが風流というもんや」
 「なるほど」(頷くしかない)
 「さらにいうと、ボウフラが湧いとるやろ。これがまた風流なんや」
 「ほんまかいな」
手水鉢 
 口惜しいので、こちらは一茶にまつわる蘊蓄を。
 「一茶という人は50で若い奥さんをもらい、毎晩励んだそうや。彼の日記には、四交合、五交合……というように回数まで書き記しとるのや」
 「我孫子みたいなヤッちゃな。バイアグラ飲んどったんか」
 「いやバイアグラではなくて、イカリソウやったらしい。彼は薬草に詳しかったから」
 「キミはそういうことだけはよう知ってるんやな」
 「仕事柄や。昔夕刊紙のコラムで『性豪列伝』というのを書いとった。一茶もそのひとりや」
双樹亭から見る庭 
 これは有名な話で、残された日記によると、一茶は親戚の葬式の夜でも妻の妊娠中でも、連日連夜交わっていたとか。58歳のときに脳卒中で半身不随になり、63歳のときに言語症を起こしても、なお交合への意欲はやむことがなかったといいます。

 「我孫子のヤツはここまではいかんで。この前『そんな元気ない』いうとった」
 「一茶を見習わんとあかんな」
 とんだ一茶話になりました。
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