敗戦の日を前にして昨日(08/14)安倍首相が「戦後70年談話」を発表しました。
 話が長い。戦後50年の村山談話、60年の小泉談話に比べると総花的で印象が薄い。これはわざと薄めているのかもしれません。
 最初の「日露戦争はアジア・アフリカ諸国に勇気を与えた」などはいわなくてもいいこと。
安倍首相① 
 それでも一応は侵略戦争と反省には触れています。
 「日本は進むべき針路を誤り、戦争への道を進んでいった」そして、
 「植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。先の大戦への深い悔悟の念とともに我が国はそう誓った」
 これでは一般論を述べているだけ。
 これなら先に中曽根元首相が新聞に発表した談話のほうがもっと具体的です。
 「第二次世界大戦は、帝国主義的な資源や国家、民族の在り方をめぐる戦いであり、欧米諸国との間の戦争もそのような性格を持ったものであったが、他方アジア諸国に対しては侵略戦争でもあった。
 特に中国に対しては、1915年の「対華21か条要求」以降、侵略性が非常に強くなった。軍部による中国国内への事変の拡大は、中国民族の感情を著しく傷つけたと言わざるを得ない。資源獲得のための東南アジア諸国への進出も、現地の人からすれば日本軍が土足で入り込んできたわけで、まぎれもない侵略行為だった」(08/07/読売新聞)

 そんなことを考えていたのなら、首相在位期間中(1982~1987)にいえよ、と思いますが、当時の自民党政権は敗戦(昭和20年=1945)いらい一度もいったことはなかった。
 なぜなら、政権についていたのは(吉田、池田は別)ほとんど戦前の支配層の流れを組む勢力だったから。中曽根も然り。(当時はいえなかったのか)

 ドイツは自らの自浄能力によって戦前とはガラリと違う国家体制になりましたが、日本はそれができずすべてアメリカまかせ。
 アメリカは当時ソ連の脅威を感じ、朝鮮戦争を抱え、日本を「反共の砦」と考えていたので守旧派に甘かった。また守旧派もアメリカにすり寄りました。
 忘れられない光景があります。
 私の学生時代、数寄屋橋で「大日本愛国党」の党首・赤尾敏氏がよく演説をしていました。
 右翼の親玉です。そのバックには星条旗が翻っていました。
 ときに赤尾氏は絵図の説明に星条旗の小旗で指し示すこともありました。

 「右翼って独立国家を目指すものだろ。矛盾してるじゃないか」
 我われ学生はよく笑ったものです。
 むろん右翼と自民党政権は違う(?)と思いますが、「反共」では一致。なんの矛盾もなく、すべてアメリカの支配下にあったのです。
 「あの戦争は侵略戦争だった」
 とはっきり表明したのは戦後50年の村山談話です。
 村山富市首相は当時の社会党。だからこそいえたのか。
 もっともこの政権は社会党を自民党が支えるという、なんともおかしな政治体制で、すべて中途半端に終ったけど、評価すべきはこの談話だけ。

 「日本の代表者が国の内外に向けて侵略戦争を認めた。これでやっと日本はまともな国になった」
 私は感激し、これなら「君が代・日の丸」を認めてもいい。日本人としての誇りが持てる、と思ったものです。

 というのは、この戦争に関して私は若いころから「ろくでもない戦争しやがって。侵略戦争やないか」と思っていたからです。
 国の代表がその反省もせず、のうのうとしているのなら、なんの自浄能力もないわけで、こんな恥ずかしい国はない。それで「君が代・日の丸」称揚か。笑わせるな。
 そんな思いでした。
 したがって首相の談話は、基本的には村山談話を引き継いでいくべきものと思います。
 しかし今回は以前とは違う文言もありました。
 「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」

 私もそう思います。
 ただしこれをいうからには、あの戦争を「先人(戦前、戦中の指導者層)の愚行」とバッサリ斬り捨てる意志があるんだろうね。
 先人に色目を使うようなこと(靖国神社参拝とか)をしておいて、「謝罪は真っ平」は通らない。
安倍首相②  
 戦争をやったのは親の世代。そのツケを回されてはかなわない。戦後生まれの世代には責任のないことだし、謝罪するいわれはない。
 「そんなことはない、その国家を引き継いでいるじゃないか」といわれたら、「私は引き継いではいない。全面否定している」と突っぱねます。
 首相が「未来志向」というのなら、(首相の祖父を含めた)先人の愚行をバッサリ切り捨てていただきたい。
 
 それができるのなら、私と価値観を共有できるのですが。
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