湯島聖堂の北側にある神田明神(正式名は神田神社)。
  
 神田祭で有名な神社ですが、私が新宿の出版社に勤めていたとき、編集者のひとりにここの氏子がいて、「神田祭がいかに素晴しいものであるか」を自慢げに話しておりました。
 さらにその人はあちこちの神社の祭りの神輿を担ぎに行くと知って、京都人には理解できない「東京人の気質」を思い知らされました。
参道 
 その神田神社は神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神。二年に一度行われる例大祭は江戸三大祭りのひとつです。
隨神門 
 由緒書きによると、ご祭神は
 一ノ宮に大己貴命(おおなむちのみこと、だいこく様)
 二ノ宮に少彦名命(すくなひこなのみこと、えびす様)
 三ノ宮に平将門命(たいらのまさかどのみこと、まさかど様)
境内 
 当社の創建は天平2年(730)、千代田区大手町の将門塚近くにあったものを、江戸城拡張に伴い、家康が表鬼門に当たるこの地に移したとのこと。
 将門の首塚は今でも大手町に残っていますが、ここにも将門が祀られていることに根強い将門信仰を感じます。将門は朝廷に叛乱を起こした東国のヒーローで、これも関東人の特質?
さざれ石 
 それよりも私にとって興味があるのは、銭形平次の碑。
 銭形平次は野村胡堂の時代小説に出てくる岡っ引きの親分で、明神下の長屋に住んでいたとのことで、境内の奥にあります。
銭形平次の碑 
 「ほう、この石柱も寛永通宝やな」と友人。
 寛永通宝は小銭で、平次は犯人逮捕の際の武器にしました。
寛永通宝の石柱 
 私は子どものとき、捕り物の親分がどうして小銭を投げるのか不思議でした。
 これについては某同級生が「あれは投げられた小銭を犯人が拾っている隙に逮捕するんや」
 当時は「そんなものか」と聞いてたけど、違うやないか。

 だいこく、えびすに将門、さらに平次まで祀られて(?)いるところが神田明神の魅力?
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