友人と千葉県流山市にやってきました。
 ここは新撰組の近藤勇が投降して捕らえられたところ。
市の西側を流れる江戸川 
 慶応4年(1868)、甲州勝沼で官軍に敗れた甲陽鎮撫隊(元新撰組)約150名は、会津へ向かう前に分散した同志を集め、流山の酒造店長岡屋に陣を置きました。
 ところが官軍の包囲を受け、近藤勇は大久保大和と名乗って官軍に投降しましたが、元御陵衛士の加納道之助に正体を見破られ、板橋で斬首されました。
 したがってここは近藤勇と土方歳三の永遠の別れの地となったところです。
陣屋跡① 
 「しかしなあ、『陣屋跡』の標識があるだけやで。あのドラマのような広い場所や酒蔵なんてなにもないんや。ガッカリせんようにそれだけはいうとく」と友人。
 彼は新撰組マニアで一度きたことがあるので、こちらが頼んで案内してもらったわけですが……。

 「これやこれや、ここに『誠』の旗があるやろ」
 と友人は新撰組の旗を示しました。
 「しかし、おかしいな。隊士の法被をきた娘さんがガイドしとったのに」
陣屋跡② 
 この表示は表看板でなかに入れるのかと思ったら、ただの住宅。
 変だなと思って、近くの土産物店で聞いてみると、「ええ、陣屋跡はあれだけなんですよ」
 新撰組の法被を着た女性が説明してくれるのは休日だけだそうです。

 ここで私、友人が「ガッカリせんように」といった意味がやっとわかりました。
説明書き 
 ここの通りに入るところに小さな神社の祠があります。秋元稲荷大明神。
 表示板によると、
 「ここは11代将軍家斉(いえなり)公のとき、享和2年(1802)京都伏見稲荷大社より分社建立されたもので、新撰組がこの流山の地に陣を構えたときも近藤勇、土方歳三たちが戦勝祈願したと伝わる」
秋元稲荷 
 「おおッ、こんな神社があったんやな。新撰組戦勝祈願も虚しく、か。撮っとこう」と友人。
 今回もそれなりに収穫はあったやないか。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/914-d9cf12bf