これは今月初め、京都時代の友人と横浜を散策したときのこと。
 「あれは、なに?」
 友人が指差したところを見ると、むき出しの煉瓦塀。古色蒼然としています。
 場所は開港記念館の向かい側。
むき出しの煉瓦塀  
 見ると、これは「開通合名会社(日本人商社)の煉瓦遺構」とのことで、こう説明されています。
 「この遺構は、明治時代に建てられたと推定される開通合名会社の社屋の一部であると考えられています。
 建物は、大正12年(1923)9月1日に起きた関東大震災で大部分が倒壊しましたが、その一部が震災後の復興建築の内部に奇跡的に残されていました。
 平成26年(2014)、建物の解体時に発掘されたこの遺構は、所有者の意向により、横浜関内地域の日本人商社建築の記録と、関東大震災の記憶を現在に伝える貴重な歴史的遺産として現地に保存されることになりました」
説明と当時の写真
 この辺りはよく通っているはずなのに、まったく気づかなかった。
 この建物は洋食屋さんだったようで、閉店して解体してみるとこのような煉瓦塀が出てきたらしい。それが昨年のこと。
裏側 
 夏は終戦(本当は敗戦)の季節ですが、第二次世界大戦で横浜が空襲の被害が少なかったのは、この地がアメリカと密接なつながりがあったことを知っていたからと思われます。
 その証拠に終戦後米軍はこの地を好んで(?)占拠した。

 ということは、古い建物から今後もこのような遺構が出てくる可能性があるということか。
煉瓦塀  
 今回は友人の指摘で気づきました。(ここ1年この辺りはこなかった?)
 人と散策する功徳はこんなところにもあります。
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