今日は朝から台風による大雨ですが、一昨日(07/14)はこの夏いちばんの暑い日でした。
 我われは東日暮里をあとにして、日暮里駅南口の跨線橋を渡って谷中霊園へ。
 「墓地やから、なにかと涼しいと思うてな」
 「ぼちぼち歩くんか」
 「いや、幽霊が出るとぼちぼちなんていうてられんぞ」
谷中霊園 
 谷中霊園は日暮里駅南に位置する約10万㎡の都立霊園で、およそ7,000基の墓があり、徳川家15代目将軍慶喜や鳩山一郎・横山大観・渋沢栄一などが眠っています。
 「谷中墓地」と称される区域は、都立谷中霊園の他に天王寺墓地と寛永寺墓地も含まれているというのですが、その境界はよくわからない。

 中央園路(さくら通り)をしばらく歩くと「五重塔跡」の表示が。
 「五重塔って、あの幸田露伴の小説のモデルになった塔やろ」
 「そうらしいな」
 行ってみると、塔の跡は柵で囲われており、雑草が伸び放題。
 柵の前に説明書きと写真があります。
 「そうか、火事で焼失したんや」
五重塔跡  
 説明書きによると、ここは天王寺(もとは感応寺)の敷地で、最初の五重塔(1644~1771)は目黒行人坂の大火で焼失。
 その19年後、寛政3年(1791)に近江国(滋賀県)棟梁八田清兵衛ら48人によって再建されましたが、これが幸田露伴の小説「五重塔」のモデルになっています。
 総欅造りで高さ34.18m。関東で最も高い塔で、当時は谷中のランドマークになっていました。
 明治41年(1908)に東京市に寄贈され、震災・戦災にも遭わなかったのですが、昭和32年7月6日心中による放火で焼失しました。
 五重塔の写真

 そこをあとにすると、今度は「徳川慶喜の墓」。ご存じ最期の将軍。
 「お供え物はショートケーキ(慶喜)やで」
 「アホなことを……」
 軽口を叩きながら向かうのですが、これがけっこうキツイ。墓地の通路をあちこち折れ曲がって、ようやく墓のあるところへ。塀に囲まれています。
 広い。しかも入口の門は閉ざされたまま。
徳川慶喜の墓所 
 「あらあら、今日はうちの殿様のところにお参りいただいてご苦労様です」
 門のところで騒いでたオバサマ御一行に声をかけられました。うちの殿様?
 聞いてみると、水戸からやってきたとのこと。なるほど。
 
 門扉の向こうの写真を撮ってもいいですか、とお伺いを立てると、「許す。苦しゅうない」
 「ははーッ。有り難き幸せにござります」
 と撮らせていただいたのがこれ(↓)。(大して有り難くもないか)
徳川慶喜の墓と記念碑 

 そこをあとにし、「どこかで珈琲でも飲もう」と寄ったのが、旧吉田酒店(下町風俗資料館付設展示場)の向かいにある喫茶「カヤパ」
 ここは古いたたずまいでなかなか風情があり、過去に何度かきたことがあります。
 その後店主が亡くなって閉店に追い込まれたのですが、ファンに支えられ、有志が共同で経営するようになった店です。このことはNHKでも取り上げました。
旧吉田酒店 喫茶カヤパ 
 しかし行ってみると、「今満員です。少しお待ちください」
 あまりにバカバカしいので、そこをあとにし、上野に向かいました。
 暑い。(都内ではこの夏最高だったとか)。そこで幽霊のポスターを。
幽霊のポスター 
 これで少しは涼しくなったかな。
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