開港記念館を出て、我われは日本大通りへ。
 「お茶にしよう」
 というので、安い路上喫茶に行ったのですが、日陰の席はどこも満員。

日本大通りの路上喫茶店  

 7月に入ってから現在(09日07時)までの東京の日照時間はたった12分っていうけど、横浜はそんなことなかったぞ。この日(07/02)午後3時半~4時半まではカンカン照り。女流画家は日傘をさしていた。
 仕方なく、みなと大通りの「V」へ。

 
 ここで40分ほど休んで、横浜公園へ。
 「ここは春になると花壇一面のチューリップで壮観なんやけど……」
 この時期はなにもなく、案内のしようがない。ベイスターズも落ちてきてるし。

ヨコハマスタジアム 噴水の前 

 「ここはもともと遊廓やった。それが大火事で焼失して吉田新田に移ってから、跡地を整備して洋風庭園にした。これが横浜公園の始まりや」
 公園の一角に日本庭園があり、「岩亀楼の灯籠」が立てられています。岩亀楼(がんきろう)とは遊女屋のひとつ。

日本庭園 

 「横浜公園一帯は江戸時代の末期までは入海で、1865年(安政3)に埋め立てられ太田屋新田といった。横浜開港にともない新田の沼地約15000坪がさらに埋立てられ、港崎(みよざき)町と命名され、その中に岩亀楼などが開業し国際社交場として栄えた。(以下略)」
 解説板にはそう書かれていますが、なにが「国際社交場」だ、外国人相手の娼家じゃないか。はっきり「遊廓」と書け。(しかも遊廓開業は外国側の要望によるもの)

水琴窟 

 ここで取手の友が「水琴窟ってなんや」と聞くので、説明にひと苦労。
 最初は竹筒の差してあるところで音を聴いていたのですが、どうも違う。
 そこで竹筒を役石の間に突っ込んで耳を当てさせ、手水鉢から役石に水をこぼました。
 「どや、シャランシャラン……という音がするやろ」
 「ほんまや」
 取手の友が音は取ってたけど、写真は撮らなかった。残念。

 このあとはお決まりの中華街。

善隣門は工事中 中華街大通り

 大通りの店で食事してから、喫茶「ブラジル」へ。
 「ここは以前は角にあって、もっと広かったけど、だんだん路地に引っ込んで、店も狭くなる一方や。それでも昔の味を守っているというので、ファンも多いんや」
 「ほう、ネルドリップで淹れてるのか」
 「うん、ネルドリップ特有のくどい苦味があるけど、これが妙に懐かしい」

ブラジル店内 コーヒー

 この日は午前中雨が降ったけど、午後から止んだし、その後(3、4日)の雨の降り具合を考えると、この日(の横浜散策)で正解だったのではないか。

 そんなことを思いながら、女流画家を桜木町近くのホテルまで送り、我われは桜木町から横浜をあとにしました。

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