「麦秋」(1951)は以前TVで放映されたのを観たことがあります。
 そのときは30代。「こんなものかね」という印象でした。
 自分でもこれを理解できるほど熟成しているとは思わなかったのですが……。

 今回は熟成しているはず(?)の年齢になって改めて観ました。
 北鎌倉に暮らす間宮家は、周吉(菅井一郎)と妻(東山千栄子)老夫婦、医師の長男・康一(笠智衆)、妻・史子(三宅邦子)、ふたりの息子、それに長女・紀子(原節子)という大家族。
 いつも初老の父親役の笠智衆が珍しく息子の世代を演じています。
 息子の世代とはいえ二児(小学生)の父親。きかん坊の子どもたちに「こらッ!」と怒るのですが、なんの迫力もない。もっともこれが笠智衆の持ち味ですが。

 紀子は28歳で独身。勤め先の上司・佐竹(佐野周二)から「売れ残り」と冷やかされます。
 この上司は平気で酒の席につき合せる。どれもこれも今ならリッパなセクハラ行為。
 しかも「オレが紀ちゃんの相手を決めてやる」と縁談を進める。
 まったく余計なお世話です。
 当時のOLはこんなひどい環境で仕事していたのかとつくづく同情いたします。

 さらに同級生との会話
 独身組と既婚組が対立すると、「あなたたち(売れ残り組)にはわからないわよねえ」
 とからかう。
 まったく上っ調子の会話で空々しい。(女の人ってこんな会話するの?)
麦秋 
 家に帰れば兄・康一が「早く嫁に行け」と父親風を吹かす。
 そして佐竹の話に乗り気になり、縁談の相手が42歳であることがわかっても「紀子の年齢では贅沢はいえない」と容認します。
 この一家は老夫婦にはなんの力もなく、紀子の状況に「可哀相にねえ」というだけ。なんの助言もしない。(発言権もない)

 康一の勤める東京の病院には部下の医師・矢部謙吉(二本柳寛)がいて、一昨年に妻を亡くしてからは幼い娘と母親(杉村春子)と一緒に暮らしています。
 その矢部が秋田の病院へ転任することになり、紀子が挨拶に行くと、母親から「あなたのような人を息子の嫁に欲しかった」といわれ、それを聞いた紀子は「あたしでよかったら…」と矢部の妻になることを承諾します。

 間宮家では皆が驚き、佐竹からの縁談のほうがずっといいではないかというのですが、紀子はもう決めたことだといって譲らず、矢部と秋田に赴きます。
 それを機に老夫婦は田舎に隠居し、実った麦畑を眺めて、これまでの人生に想いを巡らせるというところで終わりとなります。
 タイトルの「麦秋」とは、麦の収穫期である初夏をいい、俳句の季語にもなっています。
 私としては映画にリアリティを求めようとは思わないけど、説得力は必要です。
 それまで独身を貫いてきた紀子がなぜ矢部の妻になろうとするのか、さっぱりわからない。
 以前から矢部に好感を抱いていたのか。それとも周囲が敷いたレールに乗りたくなかったのか。
 私は後者と解釈するけど、だったらもう少し「女の意志」を表現してほしかった。

 思わせぶりで、観客に忖度を要求する。小津安二郎もそうだったのか。
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