私は一度「孤独死に至る過程とはこれかな」と思ったことがあります。
 それは2年前の7月8日(月)夕方でした。

 ロフトの上の扇風機の角度が変なので、直そうとしてバランスを失い、梯子段から落ち、床に叩きつけられました。
 右肩が痛くて動かない。左足も痛い。
 まったく身動きが取れなくなりました。

 やたら脂汗が出る。
 起きると苦しいので寝たままなのですが、右肩が開かない。そのため右腕がドサリと自分の腹の上に乗っかかる。脱臼したのだろうか。
 重い。役にも立たない腕というのはこんなに重いものなのか。

 私はかねてより、循環器系の病で倒れたとき、悪あがきはせずに、薄れ行く意識のなかで従容として死につこうと考えていました。ひとりであっても、孤独死は望むところ。
 漠然とではあるけど、そんな覚悟はしているつもりでした。

 しかし、はっきりと意識はある。それだけに痛い。
 それでいて、死ねない。そんなバカな。
 そのとき湧き起ったのは、理不尽さに対する怒りのような感情でした。

 こんなことでくたばってたまるか。

 なんとしても生きてやる。
 以前から考えていた私の「覚悟」などつくづくいい加減なものです。
  *
 こうして身動きとれぬままひと晩過ごし、翌朝になっても右肩と左足は痛くて動かせないので、救急車を呼び、病院に運んでもらいました。

 「右腕は上腕骨剥離骨折、左足首は距骨粉砕骨折しています。左足はギプス固定。右腕は明日手術します。入院手続きをとってください」
 というのがレントゲン検査の結果でした。

 右上腕骨の骨折は梯子段から落ちたとき、とっさに右手で手すりをつかんだため、瞬間的に全体重が右腕にかかったからと思われます。
 骨が数ヵ所折れていたため、それを繋ぐために骨瑞に12㎝ほどの金属の支柱を入れ、ずれないように6ヶ所ほどボルトで固定されました。
 こうして約2ヵ月の入院生活を余儀なくされました。

 入院生活は楽しいものでした。

 理由はいろいろありますが、梯子段から落ちて身動きとれぬまま、不安な気持ちで過ごしたあの夜のことを思うと、入院生活はまるで天国。

 あれが「死へ向かう過程」とは思わないけど、いろんなことを考えました。
 この先、わが身はどうなるのだろう。

 これであの世へ行くのならいいけど、このままではどうにもならない。なんとか助かる方法を考えねば……。
 今にして思えば、これは「生きよう」とする意欲がではなかったか。
 この意欲があったからこそ、右肩の傷みにひと晩中耐えられた?

 それにしてもあのときは、息子や友人のことなど、なにも浮かんでこなかった。
 私は人に対して希薄なのか。
 あるいは、まだ「死」というものがわが身に迫ってなかったからか。

 あんなもので「孤独死」のトバ口を体験したというのは、おこがましいのかな。
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