このところ小津安二郎(1903~1963)の作品を立て続けに観ております。
 同監督の名を初めて聞いたのは高校生のときで、数学の教師が、「この人の作品は日本人の機微をよくとらえている」といいました。
 しかし当時は西部劇大好き少年だったので、「それがどうした」という程度でした。

 後にその作品群をTVで観ましたが、「たしかに日本人の機微をとらえているかもしれないけど古いなあ」という印象でした。
 しかし当時は30~40代。これが理解できるほど人間の滋味が備わっていなかった。

 そして今人間の滋味が備わっている(?)はずの年齢になって新たに観たのですが……。

 まず代表作といわれる「東京物語」(1953)。
 これは尾道に住む老夫婦(笠智衆と東山千栄子)が東京に住む子どもたちを訪ねるも、彼らには彼らの生活があり、なんとなく疎外感を抱いて帰宅し、老妻が他界するという話です。



 誰ひとり悪い人間はいない。しかし親子間の齟齬は如何ともし難い。
 最近になって「家族の崩壊」といわれているけど、実はその当時(昭和20年代)から家族は崩壊していた。
 その意味では「先見の明」あり。

 しかし甘さもある。
 この老夫婦はどうして東京くんだりまでのこのこ出かけたのか。子どもたちにとっては迷惑千万、それぐらい察してやれよ。
 「誰ひとり悪い人間はいない」といったけど、敢えていうならこの老夫婦の行動はあまりに無神経。

 どうしても東京見物したいのなら、子どもたちのところに厄介になるのではなく、自分たちでプランを立て、ホテルも予約して行きたいところへ行けばいい。
 そのついでに、「〇月×日に東京へ行くけど、どこかで会って食事でもしないか」と持ちかければ、子どもたちはよろこんで駆けつける。

 さらに甘いのは戦死した次男の嫁(原節子)の描き方。
 徹底的に「いい人」に描いている。これではまるで実の子が冷たく、(他人の)嫁はやさしいといわんばかり。
 小津安二郎にしてみれば、どこかに救いを求めたかったのかもしれないけど、彼女に過度な期待を持たせすぎ。ここはもっとさばさばしたほうが私にはすんなりと理解できる。
 もっともそうなれば別のドラマになり、余韻は残らないかもしれないけど。

 今回、小津安二郎の作品群を観て、これまで漠然と抱いていた「小津観」は吹っ飛びました。
 彼は「古きよき日本」や「ほのぼのとした人間関係」を描いたのではなく、むしろ「寒々とした家族の光景」を描いたのではないか、そんな気がします。
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