伏見に住む友人に「寺田屋に行ってみたい」というと、「やめとけ」
 「なんでや」
 「あそこはインチキや。京都の人間なら誰でも知っとる」
 ええッ?
史跡(?)寺田屋 
 実は私、30年ほど前、寺田屋を訪れたことがあります。
 坂本龍馬ゆかりの船宿とのことで、龍馬に関する展示物などがあり、「寺田屋事件」の際にできた刀痕や、龍馬が伏見の役人に襲撃された際発砲した弾痕などもあったような……。

 「はははは。あれは全部ニセモノや。そもそも当時の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで全焼して、今の建物は明治の後半に建てられたものや。あんなんで観光客を呼びよって、地元の人間からすれば苦々しい限りや」

 うーん。この男の話はときとして尾鰭がつくけど、うそはいわないはず。
 ということで、なかには入らず、外と庭だけ見てきました。
寺田屋 
 あとで調べてみると、友人のいう通り、龍馬やお龍の住んでいた当時の寺田屋は鳥羽伏見の戦(1868)で焼失したとのこと。
 現在の建物は明治38年(1905)に登記されており、湯殿がある部分は明治41年(1908=お龍はその2年前に病没)に増築登記がなされているとのことで、専門家の間では以前から再建説が強かったそうです。(たしかに「増築登記」なんて、それだけで怪しい)
庭 
 これが明らかになったのは7年前。
 関西のメディアでは散々取り上げられたそうで、平成20年(2008)9月には、「現在の寺田屋は、当時の敷地の西隣に建てられたものである」と公式に結論されました。
中書島駅にある龍馬の写真 
 私が30年ほど前にきたときは、そんなこととはつゆ知らず、まんまとだまされました。
 今となっては笑うしかありませんが、これに関するブログなどを見ると、怒り心頭に発する方もおられる様子。その気持ちもわかります。
 http://wadachi.blog.eonet.jp/wadachi/2010/07/post-0fae.html

 http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/83/

 史跡はニセモノでも、龍馬がこのあたりに住んでいたということで、慰めるしかありません。

 初夏や龍馬掲げる偽史跡

 
今回も駄句で失礼しました。
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