2015.04.03 四月の出句
 初春の情景としてまず浮かんだのが渚ゆう子「帰り道」の歌。

 ♪愛されたいから 好きだから 打ち明け話 したあの日
 私 しあわせ信じたの ああああ 信じたの
 河原町 風はやさしくて 肩先が触れて震えたの 
 都をどりの帰りがけ ああああ 帰りがけ……

 このなかの「肩先か触れて震えたの」に可憐な女心を感じました。
 なんとかこれを活かした句をつくれないか。
 そこで、①-a「肩先が触れてときめく春の坂」

 男女ふたりで(祇園の)坂を歩いているときの心理ですが、肩先が触れるのなら「ときめく」などとしないで、ここで兼題の「脈」を使って、「脈(相手の心)を診る」にすればどうか。それに「春の坂」では弱い。
 そこで①-b「肩先の触れで脈診る春雨傘」

 しかし「脈診る」は医者じゃあるまいし、それに「春雨傘」(はるさめがさ)は説明的だし、下五に6文字では句として納まりが悪い。「春の雨」でわかるのではないか。
 ということで、①肩先の触れで脈問ふ春の雨
 次に、横浜の春を詠みたいと思い、②-a「港町歩き続けて春の宵」→安易。
 ②-b「港町バーボン飲みたや春の宵」「春の宵鴎と酒を酌み交す」→これも安易。

 あれこれ考えているうち、ふと出てきたのが、②酔ひてなをジャズにうたた寝春の宵
 「港町」は出てこなかったけど、横浜=ジャズ、これでいいのではないか。
 季語別俳句の「花びら」の例句にこんなのがありました。「コーヒーの出前花びらのせてくる」
 「それがどうした」と突っ込みたくなる句です。花びらを乗せたコーヒーとは何なのか、それをどう思うのか、それを入れたほうがいいのではないか。そこで、
 ③-a「奇を衒ふ花びら浮かべ巴里珈琲」(巴里を持ってきたのは花の都パリから)

 しかし「奇を衒ふ」は作者の主観が入りすぎ。むしろ「さる店は」「お遊びで」「ままごとてふ」のほうがよいのではないか。それならいっそ、③-b「おもてなし花びら浮かべ巴里珈琲」
 いろいろ考えて「野点(のだて)カフェ」に。
 となると「珈琲」とダブるので、「巴里風味」「巴里の味」「巴里流儀」がいいか。いっそのこと「シャンゼリゼ」にするか。
 そうなると飲み物は何なのかわからなくなるので、結局元にもどし、
 ③野点カフェ花びら浮かべ巴里珈琲   
 「花冷」の例句から「心の冷え」を連想し、ある人と待ち合わせして、待たされたことを思い出しました。その人はいつもの時間より15分(一列車)遅れたのに、「お待たせ」とか「遅くなってすみません」のひと言もない。当然のような顔をしている。何様だ。
 これを句にして、④-a「待ち人に遅れ来られて花の冷」

 しかし「待ち人に遅れ来られ」というのはことばの重複なので、「待たされて」でじゅうぶん。それに中七に「謝罪もなくて」「ひと言もなく」「知らぬふりされ」と入れればよいのではないか。
 そこで④-b「待たされてひと言もなく花の冷」

 一旦はこれで決めたのですが、恨みごとを句にしているようで、なんだか居心地が悪い。
 むしろ意味深に、④年甲斐もなく待ち侘びて花の冷え

 (年配男が若い女性にスッぽかされた?)
 「年甲斐も・なく」は句跨(またが)りで、本来なら五七五に合わせて「待ち侘びて年甲斐もなく花の冷え」とするのでしょうが、それだと順当すぎて印象が薄い。
 敢えて句跨りにしたほうが「年甲斐もなく」が強調され、余韻が残るように思いました。
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