俳句をたしなむ人が、その句が生まれるまでのプロセスを説明することは、まずありません。
 「俳句とは説明を拒否するもの」と前の句会の先輩に教わりました。
 たしかに他の俳句ブログを見ても、できあがるまでの過程をつまびらかにした記事など見たことはありません。
 したがって私の記事は「説明がましいかな」と思い、やめようか、と思ったこともあります。

 しかし同じ句会の友人に、「あれは面白い。こちらとしても句づくりの参考になる。ぜひ続けてほしい」といわれました。
 えーッ、あれが参考に。
 彼は私より句歴は長く、はるかに卓越した人。いつもトップ賞を獲るので私は「達人」と呼んでいます。達人クラスともなると、下手なヤツからも吸収(?)できるらしい。

 私の俳句のつくり方は、同じ季語をつかった例句(webの季語別俳句)をたくさん読むことから始まります。片っ端から(二百句ほど)読んでいるうち、「おや?」と思う句にぶつかります。
 それを「私ならこうするのに」と変えてみて、そこからどんどん変化していきます。

 なかには例句をいくら読んでも触発されないときもあります。
 そんなときはその季語をあきらめ、他の季語の例句に移ります。
 二月の季語に「恋猫」というのがありました。
 猫のラブコール。夜になると「ワァワァ」と不快な声で、やかましい。
 この季語を使った句に「恋猫の声色真似て追ひ払ひ」というのがありました。
 主旨はわかります。私も若いころ恋猫の声色を真似たことがあります。
恋猫? 
 しかし、どうせ声色を真似るなら、追い払うのではなく、相手になってやったほうが面白いのではないか。
 そこで、①-a「恋猫の声色真似てラブコール」

 ただし「ラブコール」ではあまりに芸がない。もっと風雅なことばがあったはず。
 
 そう思っているうち、高校の古文を思い出しました。
 男と女の求愛歌のやり取りのことを、たしか「歌垣」(かがい)といわなかったか。
 そこで古語辞典を引っ張り出して確認しました。

 「歌垣」(かがひ・うたがき)とは男女が一ヵ所に集まって求愛歌を掛け合う古(いにしえ)の遊び。今でも中国の雲南省では、少数民族の間で「恋愛問答歌」を競う風習がある。

 ということで、①-b「恋猫の声色真似て歌垣かな」

 しかし「声色真似て」は説明的だし、「歌垣かな」は、いかにもひけらかし。
 うーん。
 さんざん試行錯誤した挙げ句、「歌垣」を当たり前のように扱ったほうがひけらかしにならないと考え、さらりと、

 ①恋猫と歌垣を交はす仲となり


 私には珍しい想像句です。
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