クラス対抗の駅伝大会でアンカーに選ばれた私でしたが、わがクラスの走者はなかなか到着しません。
 その後も走者は次々と交代しました。
 いずれもよそのクラスです。
 「早くこいよなあ」
  係員が叫ぶたびに「わがクラス……」と思うのですが、他のクラスばかりです。

 アンカーはひとり減り、ふたり減り……と徐々にいなくなり、3人ほどが残されました。
 「なかなかこないね……」
 互いにいにライバルですが、妙な連帯感も生まれます。

  しかし、それもつかの間、他クラスの走者が到着しました。
 「それじゃ、お先に」
 「うん、頑張ってな」
 残るは私ひとり。遅いなあ……。ため息が出ました。

 10分(?)ぐらい待たされたでしょうか。やっとわがクラスのランナーが入ってきました。
  「す、すまん……」
 断トツの最下位でした。
 しかし怒りの気持ちはなく、「これでやっと走れる!」とよろこんだぐらいです。
 それからは無我夢中でした。
 時間的に見ても、前のランナーに追いつくことは不可能でしたが、「少しでも差を縮めたい」

 しかし走っているのは私ひとり。縮まっているのか、引き離されているのか、さっぱりわからない。なんのつかみどころもなく走るだけ。
 晩秋の陽はすでに暮れかかっていました。
御所(コースの一部だった) 
 どれぐらいの時間が経ったでしょうか。やっと校門に着きました。
 ゴールには数人の係員がいるだけ。

 「よくやったぞ!」
 誰かが叫んだような気がしました。
 しかしその姿はなく、係員は私の姿を認めると記録をつけ、そそくさと後片づけをはじめました。
 誰からも注目されないゴールでした。

 そのとき私はこう思いました。
 たとえ与えられた条件が劣悪でも、ベストを尽さねばならない。
 人が見てようと見てまいと関係ない。
 自分の場合、人より遅れをとるかもしれない。それでもあきらめてはいけない。

 これは自分の将来の暗示のような気がしました。
 それから幾星霜の今、実際その通りになりました。

※このシリーズは前ブログ「愛と孤独」で、2010/09/29 ~10/01に投稿した記事をリメークしたものです。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/768-3b06b607