先日の中学の同窓会では101名が集まり、懐かしい面々と雑談の花が咲きました。
 テーブルは3年卒業時のクラスで編成されるので、話し相手は同級生の面々。
 「最近は小学生の写真指導もしてるんだって?」
 「そうなんや。これがまた面白い。子どもの感覚は鋭いものがある」
 これは写真家・永野一晃氏(同級生です)との会話。
 写真と文章、手法は違いますが、表現に携わるもの同士、話は尽きません。

 「辻君は元気やったか」
 「いや、昨年の夏、大怪我して2ヵ月入院してた」
 「それは大ごとやったなあ。今はどうもないんか?」
 「うん、大丈夫や。それどころか人生観が変わって、人のよろこぶことをしたい、と思うようになった」
 「ええこっちゃ。それこそまさに怪我の功名や。はははは」
 二次会では学級委員をやっていたY君とそんな会話を交わしました。
 そんなとき、「よう!」とさりげなくこちらに参入してきたOという人物。
 彼はY君とは小学校が同じで、仲がよかったようですが、私は中学に入ったときから気になっていました。

 「どこかで会ったことがある」(前世?)まさか。
 しかし同じクラスでもないので話すこともなく、気になったまま別れ別れになりました。

 そのO君が参入してきてY君との会話で、
 「O君は幼稚園どこ行ってたん?」
 「オレか。主婦の友主催の幼児生活団に行ってた」
 幼児生活団、それだ!
 私は当時教育熱心な母親から自閉症児とみなされ、ふつうの幼稚園ではついていけないと思われて、生活団にやらされていたのです。

 「こんなこともあるんやね。これで積年の疑問が解けたわ」
 「はははは。よかったやないか」
 O君はただ苦笑するだけ。彼は私のことなどまったく意識してなかったようです。
 京都の友人K。
 彼もやはり同窓会には参加していますが、いつも翌日に会うので、当日はとくに話すことはありません。
 その翌日。
 こちらの「成果」を話そうと思ったら、
 「いやあ、オレはな。すごい人物に会った。囲碁の女流名人やで」
 Kは碁をたしなむ男で、父親は京都では屈指の腕前。彼も父親譲りでかなりの強豪。
 彼の所属する伏見区の碁会所では師範クラスです。

 同窓会で思いもよらぬ囲碁の達人と出会い、向こうも「あのKさんの息子さん?」ということですっかり意気投合した、とKは興奮冷めやらぬ体で自分のことをひたすらしゃべるしゃべる。
 「お前、写真撮ってたやろ。あの(女流名人のいる)テーブルの写真はないんか。なに、撮ってない? なんのためにカメラぶら下げとんのや」
 と思わず八つ当たり。
 なんでこっちが怒られなきゃならんのや!

 そして結論として、
 「まあ、長生きはするもんやなあ。そして同窓会は出るもんや」
 それこそこっちがいいたかったセリフですが、今回は女流名人に免じて、彼に譲ることにしました。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/704-cbb1df20