私が考えていた同窓会の構想は、母校(四錦)の正門前に集まって(35名ぐらい)、なかに入らせてもらって、現在の校舎を見学しながら当時の学び舎を偲び、そののち会場に入る、というもの。したがって会場は母校の近くが望ましい。
 そう思っていたところ、T君から、
 「それなら東一条の『紫蘭会館』がいいのではないか。ここのレストランなら雰囲気はいいし、料理もいい。母校に近い」との提案を受け、「紫蘭」に決めました。
会場のある京都駅
 中学の同窓会当日。
 T君とは受付30分前にポルタ(京都駅地下街)の喫茶店で打ち合わせをしました。

 私の懸念は京都に拠点がないこと。
 京都の母校で、京都の同窓生が大半で、しかも会場は京都。
 埼玉の田舎から同窓会の案内を出し、出欠を回収するというのは不自然であり(不審がられる?)、会場との連絡などでなにかと不便ではないか。
 これに対してT君は、
 「拠点なんてとくに必要ないと思います。辻さんが同窓会を発起されたのだから、代表は辻さん。案内状の発信も回収も埼玉で問題ない。ただし会場との連絡は京都の人間がやります」

 それにクラス代表の幹事を決める必要がある。
 これには今日の機会を利用して四錦生だけで会合を開く必要があるけど、それは中学の同窓会なので気が悪い。
 そこで翌日集まって決めたい。
 しかし私はこれまで京都の同窓生と連絡を取り合うなかで、「同窓会はやってほしい。しかしなんらかの<役>をやらされるのはご免」というスタンスを散々思い知らされました。
 そこで会議ということではなく、「プレ同窓会への誘い」と銘打って、下見を兼ねた母校周辺散策→ティータイムの勧誘文を急遽つくり、アンケートと同時に配布することにしました。

 会場では同窓会の受付が始まりました。
 私はT君の紹介で代表幹事(U氏)に会い、四錦同窓会計画の主旨を説明しました。
 「そういうことなら……」と彼は快諾し、「フリータイムの終るころに四錦生の集まる時間をとりましょう」
テーブル毎の撮影
 そうこうしている間に中学の同窓会が始まり(参加101名)、懐かしい面々と雑談の花が咲きました。
 「お前、どうしてん。以前はむっつりしとったけど、えらい愛想ようなったやんけ」
 「うん、大怪我してからキャラが変わったんや」
 「なんやそれ」
 「人生観も変わってな。人のよろこぶことをしたい、と思うようになった」
 「ええこっちゃ。それこそまさに怪我の功名や。はははは」
 学級委員をやっていたY君とそんな会話を交わしました。

 宴もたけなわになって、「辻さん、出番や」と呼ばれ、マイクを持たされました。
 「えッ、ここでしゃべるのか」
 一瞬頭が真っ白になって、「辻です。埼玉からきました……」といい始めたところ、T君から「違う、違う。四錦生だけ外へ出るようにいって」

 あわてて四錦生(25名ぐらい)を外に出して、説明しようとしたら、「時間がない」ということで、いきなりアンケートを配り、翌日の集まりについて手短に説明しました。
小学校の同窓生
 ふーッ。バタバタしたけど、一応こちらの主旨はみんなに伝えた。あとは彼らの意見の回収するのみ。
 これにはCさん(お好み焼き店の女将)の協力を得ました。

 そして翌日の集まりに対するみんなの答えは「行けたら行くわ」
 行けたら行く、か。
 私はこれまでの京都人とのやりとりで、これが婉曲な断りのことばだと痛感しています。
 関東ではこういういい方はあまりしません。行けないときは「行けない」とはっきりいいます。
 アメリカ東部に住む従姉にいわせると、「相手に期待を持たせるような断り方と、<役>をやりたがらないのは、京都人のお公家さん体質」とのことです。

 ともあれ賽は投げられた。
 何人くるかわからないけど、「行けたら行く」という京都人特有のことばがどれほどのものか確認するためにも翌日現地に行くしかありません。
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