私には昨日の同級生S、Kの他に、もうひとりMという同窓生がいます。
 Mとはクラスは違いましたが、近所なので学校から帰ると日が暮れるまで遊びました。
 しかし高校は別々になり、顔を合わせることはなくなりました。
 その後、私は進学で上京し、こちらで家庭を持ちました。

 子どもができて里帰りしたとき、二度ほど立ち話しました。ふたりとも子持ちになってました。
 しかしその直後、彼は転勤で家族ごと九州へ行ってしまいました。
 これでもう一生会えない。

 ところが5年前、「おう、元気か。ワシや」
 聞けば10年ほど前から、千葉県A市に住んでいるというのです。
 いらいMとの交流が復活しましたが、彼の消息を探し出し、私たちを結びつけてくれたのがN君(故人)でした。
 今年6月になって郷里の同窓生でもある某写真家により、茨城県T市に住む同窓生のA君と連絡が取れるようになりました。
 A君とは小、中、高と同じクラスになったことは一度もなかったのですが、高校のときいくつかの教科で一緒になり、そのときの仲よしグループの一員でした。
 7月初旬に新松戸で再会し、いろいろ話しているうち、彼は小学校のときA市在住のMと同クラスだったことがわかりました。

 「こうなれば両者を引き会わすしかない」
 ということで、A君とM君、さらに武蔵野に住むSとお茶の水で一堂に会しました。(07/31)
 「おう、おう」
 思わぬ再会に握手を交わす3人。
 彼らのよろこびはしゃぐ顔を見て、こちらもうれしくなりました。
母校② 
 登場人物が多くて話がややこしくなりましたが、60代も半ばをすぎると、それまで途絶えていた人間関係の回路が(運命の綾?によって)復活するといいたいのです。
 一方京都の元学級委員(暫定幹事?)であるA、B両君とは、4月の高校の同窓会以降メールで交流することになりました。
 こちらは知っている限りの同級生の連絡先を教えたり、関東での会合の様子、そこで話し合われたことなど逐一報告しました。
 ところが……。

 彼らからの返答は一切なし。正確にいうと5月18日いらいまったく返答がありません。
 7月31日お茶の水で会ったとき私のつくった(同窓会の是非を問う)アンケートを3人で検討し、「これを中学の同窓会で配り、その場で回収したい。回収先はB君」と送ったのですが、それもまったく返答がない。

 「変だな」
 いくら私が世情に疎くても、「何かおかしい。無視されているのではないか」ぐらいの疑念は抱きます。
 そこで8月17日(日)B君に電話しました。すると……。
 「約束が違う」「ぼく、かなんねん(かなわない)」「いややねん」の連発。

 約束が違う、とは当初「6年卒業当時のクラスで」といったのですが、関東にいるのは他のクラスが多く、他の関西の同窓生からも「みんな何かとつながりがある。一クラスだけというのは意味がない。やるなら全クラスで」という声が強い。私もその通りだと思いました。
 「今さら一クラスだけに固執するのはおかしい」
 そう反論したのですが、、
 「学年全体なんて、荷が重い。ぼく、かなんねん」
 「今さら関係ないよ。一クラスであろうと全体であろうと。それにB君なら顔が広いし、みんなOKするで」
 そういっても「いやや。荷が重い」の一点張り。さらに「ぼく、仕事もあんねん」

 「そういわずにやってよ」
 「いやや。かなん」
 そうした押し問答をくり返し、最後はややヒステリックな口調で、「もう、そっちでやって」
 とクラスの名簿を(メールで)投げて寄越しました。

 3ヵ月間こちらを黙殺した挙げ句がこれか。
 なによりも信頼していたB君に降りられたことにガックリきました。
 それにこんなもの送られても……。この先、どうすればいいのだろう。
 途方に暮れました。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/684-9678e1bc