大井町駅から区役所通りを東に5分ほど歩くと、交番(仙台坂巡査派出所)があります。
 そこから急な下り坂に差し掛かります。これが旧仙台坂。
 歩道には赤いレンガを敷き詰められ、シャレた感じです。
区役所通り 
 今から50年近く前、上京して最初に住んだのが東大井の海っぺりの学生寮。
 通学のための最寄り駅は大井町ですが、歩くと約25分。
 京都の市内に住んでいた人間には、考えられないこと。
坂を下る① 
 実は鉄道の駅では京急・鮫洲が最も近い(徒歩10分)のですが、これを利用するとなると、品川に出て、山手線に乗り換え渋谷、そこから東横線に乗り換えて都立大学。京急、国鉄(当時)、東急の三社線を使わねばならず、交通費がバカ高くなるし、乗り換えも面倒。

 ところが大井町から田園都市線(当時)に乗れば、自由が丘で東横線に乗り換えると都立大学はとなりの駅。みんな大井町まで歩きました。
坂を下る② 
 したがって大井町は私にとっては青春の町で、そこから寮と行き来するのに否が応でもこの坂を上り下りするのですが、これがけっこうキツイ。当時は道も細く、殺風景な石段でした。
 大井町でイッパイやって、千鳥足でこの石段を下りるのがキツイのなんのって。何度も足を踏み外し、転げ落ちました。
旧仙台坂の標識 
 そんな石段も今ではなだらかな坂道になっています。道幅も広くなり、車道はトンネルに。
 「ほう、ここがなあ」
 私としては万感の思いです。

 自転車の人を見ろッ。みんな歩いて引いてるじゃないか、どこかなだらかな坂道だ、って?
 わかってますよ(わざと撮ったのです)、でも当時は石段だったから自転車を引くことさえ困難でした。
泊船寺の地蔵 
 坂の下に標識があり、簡単な解説が書かれています。それによると、
 「江戸時代(1603~1867)に、この坂の中程から上にかけて仙台藩伊達陸奥守の下屋敷があったことから、東大井四丁目と南品川五丁目の間のこの坂は仙台坂と呼ばれていました。
 しかし現在は青物横丁に抜ける道が拡幅され交通量が増加したために、その坂の方を一般的には仙台坂と呼ぶようになり、こちらは旧仙台坂と言われるようになりました」とあります。
 また通称「くらやみ坂」と呼ばれている、とも。
京浜急行のガード 
 坂下の右手に泊船寺(東大井四丁目)がありますが、当時はまったく気づかなかった。
 そして坂を下りると第一京浜(国道15号線)、目の前には京急が走っています。
坂下から旧仙台坂を見上げる 
 この交差点から上りを見ると、やはり急な坂。
 もう通学する身ではないので、帰りはさすがにこの坂は上らず、京急に乗りました。
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