港の見える丘公園。
 開園は昭和37年(1962)。公園の名はヒット曲「港が見える丘」(1948)からとったものです。
 「ほう、これが……。やっぱり横浜やなあ」
 「当時は港が見えたんやけど、今は建物と高速道路に遮られて見えんようになってしもた。その代わりベイブリッジがよう見えるやろ」
港の見える丘公園 
 以前きたときよりテラスが前に出て、広くなっていました。半円形の広場も。
 「以前はこんなの、なかった」
 といっても、彼らにはなんのことかさっぱりわからない。
 なにはともあれ、ここで記念撮影をパチリ。(本当はよその人に撮ってもらったのです)
 「あの旗はなに?」
 友人に指摘されて、見上げるとパタパタと風になびく2枚の旗。
 説明書きを見ると、これはアニメ「コクリコ坂より」(2011)で主人公が航海の安全を祈って毎朝掲げていた国際信号旗とのこと。この旗が設置されたのは2年前ですが、初めて知りました。
国際信号旗 
 バラ園を通って山手111番館の下の喫茶室でティータイム。
 「横浜というのは、昔はほとんど海やった」
 地図を広げて、横浜港ができた経緯をひとくさり。
 中華街が他の市街地と違って45度傾いている理由も。(これは彼らの風水によるもの)
バラ園  
 喫茶室では話に花が咲ましたが、ここで時間を費やしてはきた甲斐がないと心を鬼にして店を出ました。
 階上の「山手111番館」に入って、さらに外国人墓地の前、山手通りを歩いてエリスマン邸、ベーリックホールへ。
 「ここの所帯主は貿易商か。広い家に住んどんなあ」
 「夫人の部屋というのも広いわね。サンルームもあるし」
 「オレなんかこのクロゼットの空間でじゅうぶんや」
 そんな話をして、そこをあとにしました。
エリスマン邸 ベーリック・ホール
 エリスマン邸とベーリックホールの間の額坂を下り、元町公園へ。
 昨年の俳句会のおネエさまは「帰りもエレベーターで」とのことでしたが、我われはまだ若い。
 この元町公園もなかなか見事です。桜の名所でもあるので、また春にきたいものです。
元町公園 
 そして元町。
 「あらッ、ここがキタムラなのね。関西でも有名よ」
 と女流画家。ブランドものにはあまり興味がないとのことですが、それでもこの鞄店は知っているようです。「あッ、ここが近沢レース店」
 すぐに中華街へは行かず、元町通りを往復しました。
元町
 中華街に入ったのは6時近く。
 予定では媽祖廟や関帝廟を見学して食事と考えていたのですが、香港路(ホンコンロー)の料理店に入って飲茶コースを頼みました。(会話に夢中で料理の写真はなし)
 話題は専ら高校時代のこと。
 「こうやって話すと、これまでまったく忘れてた人物を思い出すなあ」
 「それで脳が活性されるんやで。アメリカの心理学者がいうとった」
 (彼らといると、私は完全な?関西弁になります)
香港路 
 このあと喫茶店でまた話が盛り上がりました。
 ふたりともこの日の横浜散策を大いに満喫してくれたようです。
 彼らのよろこぶ顔を見て、「この散策は大成功だった」と思いました。
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