荒川支流の新河岸川、養老橋の近くにふじみ野市立福岡河岸記念館があります。
 これは幕末から明治にかけて新河岸川流域の福岡村(現在のふじみ野市)で回漕問屋(船問屋)を営んでいた「福田屋」の主屋などを保存・公開している施設です。
入口 
 当時「福田屋」といえば飛ぶ鳥も落とす勢い。
 下りは米をはじめ農作物・織物などを江戸に売り、上りは肥料(灰)安く買ってこちらの農家に売り、さらに客を運んで大儲け。
 係りの人の説明では「毎日、売り上げ金を箱から蔵に投げ入れるほどだった」といいます。
 帳場
 福田屋の当主は代々星野家が継いでいたのですが、なかでも10代目星野仙蔵(1870~1917)は事業だけではなく、埼玉県会議員、衆議院議員として活躍し、また剣道家としても有名で、自ら道場(名信館)の館長を務め、大日本帝国剣道形制定委員にもなりました。 
母屋 欄間の飾り彫り
 その10代目が接客、社交の場として建てさせた「離れ」は当時珍しい木造3階建てで、「船から見るとランドマークタワーのようだった」(係りの人の説明)そうです。
離れ 
 この離れは贅を尽くしたもので、床柱は外国産の珍しい木、さらに風呂場やトイレに至るまでいろんな工夫が凝らされています。そして3階からは、南西に富士山、北東に筑波山が見えたそうです。
離れの床の間 
 ただし今は2階、3階は特別公開日のみ。この日は公開日ではなかったので入れず。残念。
140年前のガラス 
 その回漕問屋も明治末期になって鉄道(東武東上線)によって終焉を迎えますが、鉄道建設に尽力したのか他ならぬ10代目星野仙蔵。
 「彼にしてみれば、船であろうと鉄道であろうと、流通業という意味では同じ。先を見通す、柔軟な発想をもった人間でした」(係りの人の説明)
幕末につくられた箱階段 
 当時の福田屋の屋敷は広く、20棟近くの家屋や蔵、剣道場が建てられていましたが、大部分は取り壊され、主要な建物である母屋・台所、離れ、文庫蔵を修理、復元整備して、平成8年に福岡河岸記念館として開館しました。(市指定文化財)
庭 
 このあたりは何度か通っていますが、こんな貴重なものがあるとは。
 係りの人の丁寧な説明つきで入館料(100円)は安いと思いました。
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