今回の横浜散策は、ディープな横浜を探訪することにありました。
 そして今日は戦前の横浜の風俗街「チャブ屋」跡の探訪です。

 チャブ屋とは、1860年代から1930年代の日本において、日本在住の外国人や、外国船の船乗りを相手にした娼館のこと。
 洋風の遊廓ともいえるもので、1階はダンスホールとバーカウンターでピアノの生演奏やSPレコードによる伴奏があり、2階に個室がありました。

 チャブ屋の語源は諸説ありますが、英語の軽食屋「CHOP HOUSE(チョップ・ハウス)」が訛ったもの、という説が有力です。

いずみ公園通り① いずみ公園通り②

 横浜のチャブ屋は本牧の小港地区と石川町の大丸谷(現在のイタリア山中腹)に集中していました。
 なかでも小港地区のチャブ屋街は有名で、淡谷のり子の「別れのブルース」(1937)はここの女を歌ったものといわれています。(作詞:藤浦洸 作曲:服部良一)

 ♪窓を開ければ 港が見える
 メリケン波止場の 灯が見える
 夜風 潮風 恋風のせて
 今日の出船は どこへ行く……

いずみ公園 

 小港では「キヨホテル」が有名で、女給「メリケンお浜」は伝説的人物です。

 このチャブ屋は終戦後、若いGI相手の歓楽街として再興したものの、戦前とは違って情緒がなくなったといわれています。昭和33年(1958)売春禁止法の施行で消滅しました。

 ここに重富昭夫「横浜チャブ屋物語」(株式会社センチュリー)という本があります。
 チャブ屋の実態を描いたドキュメンタリーですが、最後に作者が小港の旧チャブ屋街と思しきところを歩くくだりがあります。

通りの東側 

 ……山手警察署の裏を斜めに根岸方向に伸びている道路がある。道幅8mのアスファルトの舗装道路で、前方約500mほど先にマンションがひと塊りになって林立している。先の復原図(昭和15年ころ)を照合すると、どうやらこの道路に沿ってチャブ屋が軒を連ねていたように思われる。道路の右側には、ぽつぽつビルが建ち始めているが、左側(東側)はなぜか未だに空漠とした空き地が続いている……

 この通りは山手警察署のすぐ裏の「いずみ公園通り」です。
 しかし復原図では、山手警察署の裏通りは当時からあり、チャブ屋街はその東側。
 そこはイトーヨーカドーの敷地です。つまりチャブ屋街はすべてサラ地になり、そこを丸ごとこのスーパーの敷地にしたといえます。

イトーヨーカドー 

 うーん、このスーパーは谷津坂の旧兵器工場跡にも建っている。
 よくよくティープなところが好きなのか。なにか理由があるのか。それとも単なる偶然か。

 なんの結論も出ない探訪でした。

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