2014.09.04 カポーティ
 米映画「カポーティ」(2005)は、作家のトルーマン・カポーティが代表作「冷血」 を書き上げるまでを中心に描いた映画です。
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 1959年、カンザス州の小さな町で、一家4人が惨殺されるという事件が起こりました。
 この事件に興味を持ったカポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、女流作家ハーパー・リー(キャサリン・キーナー)と共に現場に向かいます。
カポーティ①

 町の住民を取材するだけではなく、所轄の警察署に行って、担当の刑事に会い、強引に取材を進めます。
 さらに犯人が捕まってからは、拘留先まで行って犯人(ペリー・スミスとディック・ヒコック)に興味を抱き、話を聞こうと面会します。
 とくにチェロキー族の血を引くペリーの生い立ちは、自分の少年時代とオーバーラップし、何度か会っているうちに友情のようなものが芽生えてきました。
カポーティ②

 犯人ふたりに対する判決は、「有罪。死刑」と出ましたが、カポーティは有能な弁護士をつけて上告し、警察関係者にきらわれます。
 彼を「救いの神」と思ったペリーは面会を待ち遠しく思うようになりますが、執筆に取りかかったカポーティにとっては煩わしくもあり、ペリーからの面会要求もしばしば撥ねつけるようになりました。
カポーティ③
 それによって上審は退けられるようになり、ふたりの刑の執行がきまります。
 ペリーに「最期はきてくれ」といわれ、刑場でふたりの絞首刑を見届けます。
 その後カポーティはこの事件を題材にしたノンフィクション小説「冷血」を書き上げました。
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 映画「冷血」(1967)は学生時代、観たことがあります。
 善良な農村の一家をいとも簡単に殺してしまう、ふたりの若者の行動が淡々と描かれ、あと味の悪い映画でした。
 この映画のことを、今度(カポーティ)は原作者に光を当てています。
カポーティ④

 「カポーティとは、なんといやな男だろう」
 傲慢でおしゃべり、それも甲高い声。落ち着きのない態度。私は最後まで好きになれなかった。
 観ている者に嫌悪感を与えるのは、俳優(ホフマン)の演技力によるもので、彼はこれでアカデミー主演男優賞を獲っています。
カポーティ⑤

 この映画は終始「オレの内面の苦悩を忖度(そんたく)してくれ」と訴えています。
 私が名づけるところの「忖度要求映画」。浅ましい。
 最近の邦画にはそれが多くガックリさせられますが、米映画にもあったとは。

 最後の画面に、「カポーティはこの作品の後、作品を書いていない」との字幕が出ますが、「それがどうしたの?」としかいいようがない。
 読者にとっては、カポーティさんが書こうと書くまいと、どうでもいいことなのに。
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