プロ野球にはまったく興味なくなったのに、高校野球は観ています。それも地方大会から。
 以前は府中市民球場の近くに住んでいたので、毎年この時期になると、何度か西東京大会を観に行きました。
 今は埼玉。それも由緒ある「大宮公園野球場」(参照)なので、気分がいっそう高まります。
スタンド風景

 野球というスポーツは球場で観るのとTVで観るのとはまったく違います。
 TVだとバッテリーと打者のやり取りが中心。投手と打者の表情まで映し出されます。
 しかし球場のスタンドからだと遠く離れているので、選手の表情はわかりません。
試合風景
 その代わり全体が見わたせます。どこを見ようとまったく自由。
 バッテリーを見なくても、一塁手や三塁手を見てもいいし、外野手でもいい。極端にいえばスタンドを見てもいい。選択の自由があるわけです。

 これは走者がいるときに、バントを阻止しようとして、一塁手、三塁手が突っ込んできたり、ゴロを打ったとき、内野手がどんなフォーメーションを取るのか一目瞭然。球の行方と野手の動きを切り替えるTVのほうがむしろ煩わしいぐらい。
放送席
 ただし慣れないと、フライが上がったとき、どこに飛んだかわからないことがあります。
 しかも見る場所によって、わかりにくい。いちばんいいのはバックネット裏の後方。(放送席があるところ)
 ここからだと、フライが上がる度に、「すわッ、ホームラン?」
 ほとんどは野手のグラブに納まるのですが、そんな期待感を抱かせます。これも球場ならではの醍醐味。
ノックの光景
                              
 プレーではありませんが、試合の始まる前と、5回裏終了時、試合終了後、選手全員でグラウンドを整備します。みんなトンボ(グラウンド整備用具)を使って真剣に土をならしています。
 それは義務でやらされているのではなく、「ぼくたちがプレーするグラウンドは、ぼくたちで世話する」という意気込みが感じられました。
 このような姿勢は、日本人サポーターがサッカーW杯で試合後スタジアムのゴミ拾いをしたことと、けっして無縁ではないと思います。
グランド整備
 今回気づいたのは、ファールボールを追いかけた捕手のマスク(フライを取るときは外す)を相手打者が拾って捕手に渡していたこと。
 打者にしてみれば、相手は自分をアウトにしようと球を追いかけた憎たらしいヤツ。そのマスクを拾って(なかには砂を払ってまで)渡すとは、なんと心の広いことか。
 これは今回観た試合のすべての打者に見られました。彼らにとってみれば当たり前のことかもしれないけど、私には「清々しい」光景でした。

 試合の前後にホームプレートを挟んで挨拶(審判にも)する風習もいいと思います。
 アメリカ人がこれを見ると、「日本人はベースボールを武道に変えてしまった」と思うそうですが、誰がなんといおうと、いいものはいい。
試合後の握手
 応援団のエール交換も好きな光景です。
 1回、7回、試合後、自チームを鼓舞したあと、必ず相手チームにもエールを送り、送られたほうは拍手で応えます。彼らにしてみれば、これは一種の儀礼的なもので、当たり前のことかもしれませんが、やはり相手を思いやる気持ちが出ています。
応援風景

 野球ができる感謝の念と、相手に対する思いやり。
 このようなことを感じるのも、球場へ足を運んだからこそ。
 いいものを見せていただきました。
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