直木賞を受賞した車谷長吉の同名小説を映画化したもの(2003年)です。
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 尼崎の陋巷にひとりの青年が流れ着きました。名は生島与一(大西滝次郎)。
 焼鳥屋「伊賀屋」の勢子(大楠道代)の世話で、安アパートに住み、モツを串に刺す仕事をあてがわれます。安い仕事ですが、黙々とやり続けます。
赤目…①
 「あんたは変わった人や。こんなところにいる人やない」と勢子にいわれます。
 同じことは若い女・綾(寺島しのぶ)にもいわれました。
 綾は刺青師・彫眉(内田裕也)の愛人で、ヤクザ者の兄がいます。
赤目…②
 あるとき綾が生島の部屋にやってきました。彼女の背中には迦陵頻伽の刺青が彫られています。
 ふたりは激しく抱き合いますが、綾は「生島さん、私と逃げて」
 極道な兄のために3000万円もの借金ができた今、博多に売り飛ばされるといいます。
 生島は綾を連れ、大阪天王寺、そして赤目四十八瀧(三重県)を彷徨います。
 「もう、死ぬしかない」
 しかし、ふたりは死にきれず、綾は生島と別れ、ひとり博多へ向かいました。
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 タイトルからはおどろおどろしいイメージを与えますが、「心中未遂」というので、これは「ヘタレ」の物語だなと予想したところ、その通りの結末です。予定調和とでもいうのか、意外性もなにもない。

 この主人公はなにを拗ねたか、尼崎の陋巷にやってきて、好奇の目にさらされながらも安い仕事を黙々と続ける、それでいて「あんたはこんなとこにいる人やない」といわれます。
 それは自分でもわかっていて、「この世に居場所を見入出せない」と思っています。
赤目…③

 「オレはどこへ行っても異邦人だなあ」
 これは大学を中退し、港湾労働者→港の酒場のバーテンダー→ピンクサロンの客引きになった友人のことばです。
赤目…④
 彼ほどではありませんが、私も社会人になる前、(短期間ですが)似た体験をしました。
 そのため当時は「オレはどこへ行っても異邦人」には共感を覚えたものです。
赤目…⑤
 しかし、その後家庭を持つようになると、当時のことは否定的になりました。
 「あんたはこんなところにいる人やない」
 さらに「どこへ行っても異邦人」「オレには居場所がない」
 これらは一種の自己陶酔であり、所詮はカッコつけ。
 太宰治より続く「あかんたれインテリ」の系譜。どこまで母性本能をくすぐれば気が済むのか。
赤目…⑥

 我われ日本人は、もうそろそろこれから決別してもよいのではないか。
 今、60代後半にもなった私は(当時の自戒を込めて)彼らにこういいたい。
 「甘ったれるな。自分の居場所ぐらい自分で獲得しろ!」
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