2014.06.06 季語の難しさ
 先月WEBで「季語別俳句」を見ていたら、五月の季語として「聖五月」が載ってました。
 聖五月といえば、先生の「産院にはためくうぶ着聖五月」という句があります。

 そこで聖五月の意味を調べてみると、カトリックの行事で、聖母マリアの処女懐胎を寿いだ催しで、この時期にあたるそうです。したがって聖四月、聖六月はありません。
 ただしカトリック信者の間では使わず、わが国では俳句や詩歌など、文芸の世界で使われるようになったとのこと。

 そうだったのか。
 それでやっと、「はためくうぶ着」の意味がわかりました。
 私はなんとなく、「孫でも生まれたのだろう」と思っただけでしたが、この時期ならではの句です。深い。
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 ついでに私の拙句「語らひて珈琲冷めし春の午後」(3月の句会)
 これは〇ふたつもらった句ですが、先生としては物足りなかったようで、「語らひて」よりは「語り合ひ」がいいとのこと。さらに「春の午後」という季語はムードに流れているので、もっとインパクトのある季語にしたほうがいいとのことです。

 したがって修正句は「語り合ひ冷める珈琲黄水仙」になりました。
 プロの目から見ればそうかもしれないけど、季語を変えられてはこちらの面目丸つぶれ。
 私としては「春の午後」のほうがよかったなあ。
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 季語の問題ではありませんが、先月の拙句「大道芸言葉も濡らす春の雨」(〇ひとつ)は、「も」はやめたほうがよいとのことで、「濡らす」も「洩るる」が文語的表現だそうです。
 したがって「大道芸言葉の洩るる春の雨」が修正句。

 また「藤棚や隙間に宇宙の覗きをり」(〇ひとつ)は「覗きをり」としないで、「覗き見る」と自分を強く表現したほうがいいとのこと。
 したがって「藤棚や隙間に宇宙を覗き見る」が修正句。

 さらに「往きし人運ぶ疎水の花筏」は意味不明とのことで、「今昔を往き復ふ川の花筏」が修正句。
 これではまったくの換骨奪胎で、逝った同級生を偲ぶ句にならないような気がするのですが……。

 俳句はつくづく難しい。
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