まず中央線・飯田橋周辺の地図(↓)をごらんください。
 地図の左下は神楽坂、右上は小石川後楽園です。中央が飯田橋駅。
飯田橋
 明治時代は飯田橋から水道橋(右)寄りに、甲武鉄道(私鉄)飯田町駅がありました。明治39年(1906)甲武鉄道は国有化され、昭和8年(1933)客車駅は飯田町駅と牛込駅が統合して飯田橋駅になり、飯田町駅は貨物専用駅になりました。(参照
飯田町駅の記念碑

 飯田町駅は戦後も日本貨物鉄道(JR貨物)中央本線の貨物駅として存続しました。
 近くには新聞社や印刷工場が多数あった関係で紙輸送のための倉庫もつくられて、貨物駅としては珍しい高架式でした。
 駅舎は飯田橋駅から急カーブで内側に曲がり、今の「東京しごとセンター」のあたりまでありました。貨物駅なので関係者以外は入れなかったのですが、外観は今でも覚えています。
 飯田町駅は平成11年(1999)に廃止されました。
路地を入る

 20代半ば、新宿の出版社に勤めていたころ、この向かいにあった「T印刷」という活版印刷の工場へ出張校正でよく行きました。工場・事務所の建物はバラックで、歩くとミシミシ揺れるオンボロぶりでした。(参照

 この印刷所はその名の示すように官公庁の「〇〇白書」印刷が主な仕事でしたが、他方では週刊ベースボールや、わが社のようなエロ本の印刷も手がけており、校正室はまさに呉越同舟でした。
 彼らとはあいさつする程度のつき合いでしたが、官公庁、野球雑誌、エロ雑誌…とジャンルは違っても、お互い編集に携わる者としての気概を共有することができました。

 私が出版社を離れ、フリーのライターになってからもこの印刷工場はしばらく続いていましたが、数年後取り壊されたと聞きました。
                               *
 「あれからもう40年以上も経つのか……」
 今回そこへ足を伸ばしました。
 飯田橋から目白通りを九段方面に歩き、「甲武鉄道飯田町駅」の記念碑の角を左に入ります。
 貨物の駅舎はすでになく、目の前にはホテルや「東京しごとセンター」の大きなビルが建ち、当時の風景とはまったく違います。まるで浦島太郎のよう。
謎のビル①
 ではあのT印刷の建物は……というと、そこにはなく、目の前には30階建ての黒いビルがドーンとそびえています。
 「…………?」
謎のビル②
 近寄って建物の名前を見ると、なんと「T印刷株式会社」
 「エーッ、こんなビルに……」
 あまりの変わりようにヘナヘナと腰が崩れる思いでした。
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