今回同窓会に出席して、見覚えのない男から、「辻やないか。同じクラスだったHだよ」と声をかけられました。しかしまったく思い出せない。「Hなんてヤツいたっけ?」

 私はこれまで記憶力はよく、顔を見れば大体わかるので、「誰だっけ?」ということはあり得ない、とぼけて知らん振りしているか、希薄だからだろう、と思っていました。
 ところが今回はまったく思い出せない。
 あとでアルバムを見たのですが、それでも覚えがない。もっとも彼は「HRにはあまり出てなかった」といってましたが。
 自分にもこんなことがあっては「人のことはいえない」と思いました。
母校通用門
 さて、あとで出席者リストを見ると、A君、B君の他に小学校の同級生が5人も出席していることがわかりました。
 しかしそのときは他の人間との話に没頭するあまり、考えも及ばず、あとで集合写真を見ても、誰が誰やらさっぱりわからないという有様でした。ちょっぴり後悔はあります。
 さらに欠席者から7人もの同級生のメッセージが寄せられていました。ということは消息がつかめるということ。
 ただし物故者リストを見たら、小学校のわがクラスではMの他にもIさんが亡くなっていました。
 やはり同窓会をやらなきゃならんなあ。
                         *
 欠席者のメッセージを見ると、同窓生の夫婦が三組いることがわかりました。
 一学年約580名、そのなかでの三組というのは多いのか少ないのかはわかりませんが、恋愛はともかく、結婚というのは私には考えられない。

 文化人類学的に見ると、人間は異種のグループから配偶者を選ぶ傾向にあります。
 これは「種の保存」の法則で、雑多な血を配合するためだそうです。

 私だって、どんなに仲がよくても、近所の女の子とか机を並べた女の子と一緒になる気はしません。
 今回、再会した女性たちと話してみても、「この人とは恋愛にもならないだろうな」と思いました。年も年ということもありますが、「同窓会不倫の火ダネ説」というのはどうかな。
 (モテなかった人間の負け惜しみ?)
寺町通り・(左)御所、(右)母校
 こられなかった人の理由として、「仕事で忙しい」「趣味の行事とぶつかる」「孫の面倒をみているので」「体調不良」というのが多かった。
 なかには「同窓会に意味を見出せない。今後は案内を送らなくてもけっこう」というのもありました。
 思考・価値観は人それぞれですが、自然の摂理から考えると勿体ない。
 
 「同窓会に意味はない。単なる懐古趣味で退行現象だ」
 そういっていた人物がいましたが、世間から弧絶し、早死にしました。
 未だに「この男の生とは何だったのか」と思うことがあります。
 「同窓会は若返りに効果あり」とはアメリカの心理学者の、実験済みの定説です。
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 体調不良では、実のお兄さんから、「……本人入院中、退院の見通しは暗く、今後の行事にも参加することは不可能な状態です……」とのメッセージを寄せてきた人がいました。
 卒業写真を見ると、目もと涼やかな可愛い女性。「こんな人がなあ」
 しかも代筆が夫や子どもではなく、お兄さんというところに、なんとなく不憫さを感じました。(考えすぎでしょうか)
 この人とは縁もゆかりもありませんが、回復されることを祈るばかりです。
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 同窓会に出席できるのは元気だからこそ。
 この元気をみんなで共有したい。そしてそれを明日のエネルギーにつなげたい。
 これが同窓会の意義なのだろうと思います。
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