埼玉県を滔滔と流れる荒川。
 その荒川は赤羽付近(東京都北区志茂)で荒川と隅田川に分かれます。
 昔は荒川→隅田川(大川)だったのですが、隅田川の水量が多すぎ、しばしば氾濫するので、「荒川放水路」という人工河川をつくり、川の水を分散しました。
赤羽岩淵①
 ただしそのときの水量によって、隅田川へ流れる水と、「荒川放水路」(=現荒川)へ流れる水を調整する必要があります。
 そこで大正13年(1924)水門がつくられました。これが岩淵水門(通称・赤水門)です。
赤羽岩淵②
 しかしこの水門はご難続きで、相次ぐ地盤沈下で水門の役割を果たせず、昭和57年(1982)そこから300mほど下流に新水門(通称・青水門)がつくられてからは、その役割を終えました。
旧岩淵水門
 旧水門は本来なら取り壊されるのですが、地元の人などから惜しまれ、また土木建築物としての価値が高いと評価されて、保存されることになりました。

 ここは30年ほど前にきたことがあります。
 夏の暑い日でした。
 たしかこのあたりに大きな酒造があり、そこで使っていたポンプの水を飲んだことがあります。
 そのポンプを探したのですが……ない。どこにも見当たりません。
ポンプ井戸の跡①
 そこで近くの交番で聞いたところ、
 「あの酒屋は小山酒造といって、今でもありますよ。えッ、地下水のポンプですか。あれはもうありません」
 この警察官は少し年配の方でしたが、ここに赴任してきたころはすでになかったとか。
 ただし地下水のポンプについては先輩から聞いていて、
 「ランニングのあと、あそこの水で喉を潤したという話しはよく聞きました」
ポンプ井戸の跡②
 その場所を教えてもらいました。
 たしかにポンプ跡。
 私としては「こんな場所だったかなあ」という感じですが、一応カメラに収めました。
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