若宮大路東側。病院の脇道を東に入り、住宅地をどんどん入ると小川(滑川)にぶつかります。
 ここに架かる橋が東勝寺橋(築1924年、かまくら景観百選)。
 それを渡ると山道になり、その左側に金網が張られた空き地。これが旧東勝寺跡。
東勝寺橋
 この説明書きによると、
 「東勝寺は、13世紀前半に鎌倉幕府第三代執権の北条泰時により創建。北条一族の菩提寺であると同時に、防御のための城郭的な機能も持っていた。
 しかし元弘3年(1333)、新田義貞の鎌倉攻めにより、北条高時は東勝寺で一族郎党ともに自害し(東勝寺合戦)、鎌倉幕府は滅亡した」
東勝寺跡

 昭和50年(1975)~平成9年(1997)の発掘調査では、幕府滅亡時に焼失したと考えられる建物の跡が発見されたそうです。
 この旧東勝寺跡は平成10年、「東勝寺跡」として国の史跡に指定され、立入り禁止です。
                          *
 さらに山道に行くと、その上り口にある洞窟。これが「腹切りやぐら」です。
 今は卒塔婆が立てられ、丁重に供養されています。
腹切りやぐら① 腹切りやぐら②
 「いいか、鎌倉幕府が滅びた年は、1333=一味さんざん北条氏、と覚えるんだぞ」
 と日本史の授業で教わりました。
 「その現場が、ここか……」
 そう思うと感無量です。
洞窟内
 鎌倉武士の怨霊が籠もっているといわれ、今では首都圏の心霊スポットになっています。
 ちょっと気味の悪い場所ではありますが、厳粛な気持ちになります。
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