昨日は「建国記念の日」でした。
 あちこちの会場で国歌「君が代」が斉唱されたと思います。

 では「君が代」はどこで生まれたか。
 実は横浜。山手の裏側を下りたところにある妙香寺が発祥の地といわれています。
妙香寺入口
 妙香寺の歴史は古く、弘仁5年(814年)弘法大師(空海)の創立とされ、本牧山東海寺と称しました。その後 日蓮聖人が日蓮宗に改宗、連昌山妙香寺となり、江戸時代に山号を本牧山妙香寺と改め、現在に至っています。
急な石段
 ではなぜここが君が代発祥の地なのか。
 由緒書きによると、明治2年(1869)薩摩藩藩士32名がイギリス軍の軍学長ウィリアム・フェントンの指導の下に軍楽隊を結成。楽器は管楽器と打楽器を中心にした吹奏楽でした。
 彼らが寝泊りして日夜練習していたのが、横浜山手のイギリス軍駐屯地に近い妙香寺でした。
境内 本堂 本堂・内部
 翌明治3年(1870)彼らはフェントン指揮のもと、となりの山手公園の野外音楽堂で見事演奏しました。「サツマバンド」の演奏デビューです。
 「音符も読めなかった青年たちが一年足らずでよくもここまで上達したものだ」とフェントン自身も絶賛しています。
 というわけでこの妙香寺が「日本吹奏楽発祥の地」になりました。(石碑あり)
吹奏楽発祥の碑
 当時日本には国歌がなく、フェントンの要請を受けた薩摩藩の大山巌が古今和歌集の「君が代」の歌詞を選び、それにフェントンが曲をつけ、この年に演奏されました。
 したがってここが「君が代発祥の地」とされました。(石碑あり)
君が代発祥の碑
 しかしフェントン作曲の「君が代」は洋風で歌詞とは合わず、なじめなかったので、雅楽調に作曲し直され、ドイツ人のエッケルトが編曲しました。これが現在の「君が代」です。
 フェントン作曲の初代「君が代」はこうして姿を消しました。
山手公園・野音
 初代「君が代」の曲は、タレントの野村将希さんのレポートによる横浜探訪番組(タイトルは失念)で少し演奏されていましたが、オペラ調(賛美歌風ともいわれている)で、不思議な感じでした。
 この曲は毎年体育の日に妙香寺で演奏されるそうです。
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