作家・村上村上春樹氏が北海道の町議から抗議を受けているとのこと。

 彼の小説に関しては「ノルウエイの森」「1Q84」を読みました。
 どこがノーベル賞候補なのか、さっぱりわかりません。
 「ノルウエイ~」は何だかんだいっても最後を読むと、単なるエロ小説。
 「1Q84」は主人公の女性が仕事を取るため、面接相手の男に胸元をわざと見せようとブラウスのボタンを外す描写が連綿と綴られていて、「よくもまあこんな末梢的な描写に行数を費やすものだ」とうんざりしました。
 むろん受け取り方は様ざまで、そこが「きめ細やかな表現でステキ」と評価する声があるのも承知しています。

 今回村上氏が抗議されたのは、月刊誌「文芸春秋」(昨年12月号)に発表した「ドライブ・マイ・カー」という作品。 文中「北海道中頓別(なかとんべつ)町ではたばこのポイ捨てが普通のこと」との表現は、中頓別を侮辱しているというのです。

 この小説は読んでませんが、所詮はフィクションです。
 例えば「犯罪都市横浜」というタイトルのドラマで、中華街の某所に麻薬の密売所があり、犯罪集団のアジトになっているというストーリーが展開されたからといって、「横浜のイメージダウンです」と横浜市長(林文子)が抗議するか。
 もし抗議なんかしたら、市長の狭量さを笑われるだけです。

 私は一度ラジオ局に抗議したことがあります。
 20数年前「ゆうゆうワイド」(TBSラジオ)で大沢悠里さんが「京都には『京の茶漬け』というものがあって、帰ってほしい客に『ぶぶ漬けでもどおどす』というんだってね」といったときです。
 京都出身の私としては看過できません。すぐにファックスを送りました。
 「大沢さんが実際に京都で『京の茶漬け』を体験し、いやな目にあったのならいってもいい。しかし伝聞でいってるのならやめてほしい。私は20年近く京都で育ったけど、そんなことは一度もなかった」

 しかしこれが小説やドラマで表現されたのなら話は別です。
 作品中でそういうことを考える人物がいるのは自由ですから。たとえそれが作者のいいたいことであっても。
 現実にないことでも、「あるかのように」思わせるのがフィクションの妙味です。

 それを真に受けて作品に抗議するとは、中頓別町も大人げない。
 別に旅行記で書かれたわけでも、講演でいわれたわけでもないんだから。
 「中頓別を有名にしてくれてありがとう。ただし、たばこのポイ捨てはダメですよ」
 ぐらいのことをいってくれたら、もっと中頓別に親近感が涌くのに。
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