2014.01.26 所沢の多聞院
 昨日は午後から少し暖かくなったので、隣町所沢へ行ってきました。
 といっても、町境にある多聞院。自転車で20分ほどのところです。

 多聞院は真言宗豊山派の寺で、山号は宝塔山、寺号は吉祥寺。本尊は大日如来。
 創建させたのは当時川越藩主だった柳沢吉保。
多聞院境内① 多聞院境内②
 彼は元禄9年(1696)このあたりを開村した際、村民のために祈願所として毘沙門社(多聞院)を創建しました。
 これには武田信玄のこんないい伝えがあります。
 信玄は数々の戦場に出ましたが、川中島では上杉謙信の刀から危うく逃れるなど、何度も命拾いをしました。それはすべて兜に忍ばせた金の毘沙門天様(高さ4cm)のおかげである、と。
 その後信玄は没し、天正10年(1582)天目山の戦で武田勝頼が自害して武田氏は亡び、毘沙門天は人の手に渡り、やがて吉保の手に移ったので、武運長久を祈るため、この毘沙門堂を建立し、安置したといわれています。
毘沙門堂
 私たちはそれを外から参拝するしかありませんが。
 目についたのは子育て地蔵菩薩と傘地蔵。
 傘地蔵は息子が小さいとき、絵本を読み聞かせたことを思い出しました。
子育て地蔵菩薩 傘地蔵

 「鬼の悟り」の石像。悟りとは我慢によって得られるものだそうです。
鬼の悟り

 「あれッ、ここは神社なの?」
 境内には天神宮など、神社のお堂があります。
神明社の本殿

 それもそのはず、ここは多聞院創建の後、近隣地域より神明社を勧請し同地域一帯の産土神として祀っていました。しかし明治元年(1868)の神仏分離令によって同院境内の西側は神社(神明社)、東側は寺院としてそれぞれ独立し、今日に至っているのです。
天満宮の祠

 考えてみれば、お寺の境内に神社のお堂があるところはあちこちにあります。

 この寺は牡丹で有名で、4月下旬には300本を超える牡丹が色とりどりの大輪の花を咲かせ、5月1日の「寅まつり」大賑わいになるそうです。
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