2014.01.09 初黄飲食街

 昭和33年の「売春禁止法」で廃止された永楽町・真金町の遊郭(赤線)ですが、「赤線が廃止されても青線はある」とばかりニョキニョキ出てきたのが京急黄金町ガード下の「初黄(はつこう)飲食街」
 間口の狭い飲食店がビッシリ並び、なかに化粧した女性が控えています。初黄とは初音町と黄金町の頭文字です。

初黄飲食街の名残り①

 最初は日本人女性ばかりでしたが、次第に東南アジア系、中国系、南米系の女性が多くなり、日本人女性はほとんど見かけなくなりました。
 店はどんどん増え(100→250軒)、大岡川沿いにまで伸びました。
 
 私は大岡川が好きで、都橋、宮川橋、長者橋と川沿いをよく歩いたものでしたが、旭橋を過ぎるとこれらの店が現れ、女たちに「どうぞ」「いらっしゃい」と声をかけられました。
 私は会釈して通りすぎるだけでした。

初黄飲食街の名残り②

 これら飲食店は(風俗)違法営業として何度も当局の取締りを受けました。
 それでも店はあとを断ちません。
 業を煮やした横浜市はガード下に鉄板を打ちつけ、警察官を常駐させました。いわゆるロックアウトです。
 こうなっては業者も手が出ず、飲食街は壊滅状態になりました。
 と同時にあたり一帯はゴーストタウンのようになりました。

現在① 現在②

 そこで横浜市はアートによる町の再生と銘打って「黄金町バザール」なるものを立ち上げました。ざっくりいうと、国内外のアーティストたちに「場所を提供するから、好きなことをやってくれ」ということです。
 
 なるほど、いたるところ作品が展示され、その工房らしきショップが点在しています。
 「ここはアートの鑑賞というだけではなく、自然にアートに向き合える構成になっています。子どもからお年寄りまで楽しめるのがこのバザールのコンセプトです」(主宰者)

現在③

 「中田宏(前市長)はつまらんことをしたよ。黄金町が面白くなくなった」
 日の出町の居酒屋でとなり合わせたおじさんがそう息巻きました。
 彼は富山在住で、出張で横浜にきたときは必ず初黄飲食街で遊んだそうです。
 
 私は遊んだことはないけど、猥雑な景色はきらいではありません。
 それがなくなったのは寂しいし、これでこの界隈の活気はなくなりました。

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