この夏の大怪我→手術→入院によって私の人生観は大きく変わりました。それは対人観も同じです。

 私はこれでも人見知りする性格で、見知らぬ人に声をかけることはなかったのですが、入院してからはこちらから声をかけるようになりました。
 「みんな同じ骨折仲間じゃないか」という連帯感からです。
 みんな話好きで、けっこう話してくれました。なかには微に入り細にわたって骨折話を語ってくれる人もいました。
 とくに積極的に話しかけたのは同室のOさんとKさん。
 Oさんは炎症による圧迫骨折で寝たきり。ひどい痛みあり。食事は30度。排泄は便器。
 病原菌不明のため、抗生物質を点滴投与→レントゲン撮影と血液検査のくり返し。私が見たなかでは最も重い患者でした。見舞いにくる奥さんの表情も暗い。

 あるとき私は彼らのいるところにいきなり顔を出し、声をかけました。
 「Oさんは今は辛いけど、必ずよくなります……時間がかかるかもしれないけど、気をしっかり持って頑張って」
病院のフロア
 高齢のKさんは腰を打っての圧迫骨折。やはり寝たきりで、食事は30度。排泄はリハビリパンツでした。
 そのKさんがコルセットを着けて、食事のとき50度起こされて「食べ物が見える!」とよろこんだとき、私もうれしくなり、「よかったね」と声をかけました。
 それ以来、朝食後Kさんと話すことが日課になりました。
 そうしたなかでとくに親しくなっていったのがI子(62)、H子(52)、Y子(44)のコルセット三姉妹。I子が私のことを「お兄さん」と呼ぶので、他のふたりもそう呼ぶようになりました。
 他にも親しくなった患者仲間はいますが、この三姉妹とは退院後もメアド交換して交流を続けています。リハビリが終っても誰かが検査などで病院にくると、必ず集まるようにしています。

 Y子の息子は小6、H子の下の男の子が高1ということもあって、子育ての悩みが多く、私は専ら聞き役。一時期私の息子の例を挙げてアドバイス(?)したこともありましたが、自慢話のように受け取られかねないので、今は極力避けています。
病院にて
 実は昨日、I子とY子が検査、H子夫妻がリハビリ(夫も骨肉腫の手術)で病院にきたため、私も加わって近くの和風レストランで食事しました。
 相変わらず子育ての悩みと骨折治療の話。昼間なのでアルコールは口にしなかったけど、一種の忘年会です。「よいお年を」といって別れました。
 この交流は来年も続くと思います。
 入院中、私の携帯に一本の電話が入りました。「怪我したんだって?」
 一年半前、電話でケンカ別れした学生時代の友人でした。
 私のブログの告知(骨折事故で入院中)を見たようです。「絶対見るなよな」といったのに。
 こちらとしては「?」という気分ですが、私の身を案ずる気持ちがあったのでしょう。
 症状など、30分ほど話しました。これで一応和解ということでしょうか。
病院の玄関
 昨年末の当欄で、友に去られた原因は私の「おせっかい」によるものと反省しましたが、この夏入院してからそんなことはどうでもよくなりました。
 私が人を励まし、声をかけたのは単なる衝動で、そうしたいからしたのです。
 相手に迷惑がられようと感謝されようと、どうでもいいこと。
 その衝動(?)で切れた関係もありました。例の俳句会。
 私の入院中に「通うのが面倒だから」と婆さんたちが結託して、会場を公民館から団地の集会場に変えました。婆さんも婆さんなら、それをすんなり受け入れた幹事も幹事。
 「公民館でやる意義もわきまえず、そんな勝手は許されない」と私は抗議し、退会しました。

 私には敬老精神もなければ、「和」を尊ぶ心もありません。
 残り少ない私の時間、迷惑がられようと感謝されようと関係ない。
 これからも衝動的に生きようと思います。
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