先日、以前の俳句会の方から電話がありました。
 それによると、会場が団地の集会場から元の公民館にもどったとのこと。しかも私の退会後、ふたりの方が辞められたとか。
 そんなわけで、「よかったら(京一郎さん)もどってきてください」というものでした。

 私は「考えておきます」と答えましたが、まったくもってバカバカしい。
 会場が元の公民館にもどったところで、おいそれともどれるものではないし。
 団地の集会場にしたのは大多数の意志一致によって決めたものではなかったのか。それを私のひとことで簡単にひるがえすとはなんたる信念のなさ。そのことにも愛想が尽きます。
 それに私はとっくに別の俳句会に行ってます。
 この経緯については、
 「公民館まで通うのが面倒だから、会場を我われの住んでいる団地の集会場に変えてほしい」
 という3人のお婆さんの根回しによって団地の人たちの多数派工作がなされ、俳句会当日(私は入院のため欠席)の議題に上ったときには、会では団地住民が過半数を上回るし、団地外からも「それはお困りでしょう」と同情する人も現れたため、「なごやかに」決まったそうです。
使用していた公民館
 これだけ聞くと、元凶は3人のお婆さんにあると思われがちですが、いちばんの元凶はこの会の長である幹事(女性)にあります。
 完全にリーダーとしての資質に欠けています。

 この幹事からは、私の入院中数人の仲間と見舞いにきたとき、「会場が団地の集会場に変わります。つきましては会場費が派生します。1時間200円です」とのメモをわたされました。
 しかしその理由についてはなにも説明されてない。
 私はこれまでの経緯から「てっきり公民館が使えなくなった」と思い込み、承諾しましたが、理由が「通うのが面倒だから……」となると話は違います。
 こんな大事なことをなぜ知らせてくれなかったのか、これがまずおかしい。

 そもそも俳句会で会場変更案が議題に上ったとき、幹事が「なにをふざけたことをいってるの!」と一喝すればそれで済むこと。
 「いいですか、私は会場をとるため毎月公民館と連絡しています。それに年末の大そうじには必ず参加して、そのあとの他のサークルとの親睦会にも出席しています。公民館でやるから他のサークルと交流でき、地域の文化の一翼を担う自負が持てるのです。そんなことも考えずに『通うのが面倒だから……』というだらしのない理由で会場を変更するなんて次元が低すぎます!」
 と正論をぶてばいいのです。
 
 しかしそれができない。
 理由はみんなにきらわれたくないからですが、さらにいうと自分の立場がまるでわかってない。
 ものごとを大所高所から見る能力がないのです。
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