海岸通りにやってきました。ここも公孫樹の黄葉が見事です。
 この通りも前出の「日本大通り」ができた明治8年(1875)にほぼできあがりました。
海岸通り① 海岸通り②
 ホテルニューグランド前の公孫樹の黄葉です。
 このホテルは大佛次郎が泊まって執筆していたところです。大佛次郎といえば「鞍馬天狗」が有名ですが、「霧笛」「花火の街」など文明開化ものもなかなか面白い。
ホテルニューグランド① ホテルニューグランド②
 同氏はここを根城に夜な夜な横浜の港町を飲み歩きました。そこで見知った人物から、あのような作品が生まれたといわれています。
 またここは戦後厚木基地を降り立ったマッカーサー司令官が逗留していたところでもあります。

 この海岸通りは関東大震災(大正12年=1923)までは海に面していました。
 また例の地図(明治21年)ですが、下部の海に面した道(BUND KAIGAN DORI)とあるのがそれです。 
横浜地図  
 ちなみにホテルニューグランドの前身グランドホテルは③の中村川沿いにありました。今の「横浜人形の家」のあるところです。下図(↓)参照。
グランドホテル(旧)
 ちなみに④はヘボン邸。②は谷戸橋です。

 「横浜人形の家」といえば、同館と山下公園を結ぶポーリン橋があります。
 そこから見る公孫樹の黄葉もなかなかのもの。
ポーリン橋 ポーリン橋から見る公孫樹
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://aitokodoku2.blog.fc2.com/tb.php/353-7d3404ae