今は自粛しているタレントのみのもんた氏は、「暑い」「寒い」「疲れた」「忙しい」は禁句だそうです。これは「自分に負けていることば」と考えているようです。

 「暑い」「寒い」「疲れた」はともかく、私は「忙しい」はいわないようにしています。
 なぜならこれは「あなたと会う時間はない」と暗にいっているようで、人を遠ざけることばだからです。

 私はこれに「この痛み(苦しみ)は私にしかわからない」を加えたい。
 これをいう人は最初に「自分はこんなに痛い思いをしている」と訴えた上で、「この痛みは私じゃないとわからない」といいます。
 これは相手の理解を拒否しています。コミュニケーションを閉ざすことばです。
 聞かされたほうは、「たしかに痛みは当人しかわからない。だったら最初から『痛い』などというな」といいたくなります。
 今回私は骨折事故を起こしました。
 痛みは当然あります。
 私は無闇に痛みを訴えるつもりはありませんが、我慢もしません。
 医師や療法士に対して、痛いときは「痛い」といいます。でないと治療にならないからです。
 むろん「痛い」といっても彼らは同情するわけがなく、「それぐらいの痛みは我慢しないと治らない」と思っています。
 それでもいうのは、どういうときにどういう痛みが生じるのか、なるべく具体的に説明して、理解してもらうことによって今後の治療に役立つと考えるからです。

 私は医師や療法士以外(友人、知人、他の患者など)にも自分の症状を述べました。(当ブログでも述べています)
 それは表現者の目的として、理解を求めているからです。
 ただし「同情」までは求めていません。(それは人の勝手)
 ひるがえって「自分は苦しい→この苦しみは私にしかわからない」ということば。
 これは自分の苦しみ(痛み)を訴えておいて、しかも相手の理解を拒否しています。
 二律背反?
 そうではなく、無条件に「同情」を求めているのです。心の底では「可哀相に、可哀相に」と慰めてほしいのです。
 これは浅ましくて、卑怯な表現です。(おそらく当人は自覚してないでしょう)
 これでは人は確実に遠のきます。少なくとも私は。
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