ラウンジは病棟のほぼ中心にあります。
 飲み物の自販機もありますが、無料の給湯器があり、ほうじ茶が出るのでみんな利用します。
 そして仲のいい者同士が雑談するには格好の場所でもあります。また面会の場所でもあります。

 ここはしかし、食事どきになると様相が一変し、お婆さんたちが5~6人集まって食事するのです。
 「ここは婆さんたちのレストランか」
 最初は仲良しグループが好き勝手に集まっているのだと思いました。
 しかしよく見ると、看護婦さんがお婆さんを各病室から車椅子で運んできています。
 そこで、これは厄介な婆さんたちを集めて看護婦さんが看視しているのか、と気づきました。
 婆さんたちは無理やり集められているのですが、それでも和気藹々、仲よくやってました。

 私はここでお婆さんたちによく話しかけられました。
 以前述べた「非人間的な手術をやりますねえ」といった婆さんもそうですが(参照)、私の格好がよほど興味を引いたのか、「大変ですねえ」から始まり、いろんなことを話しました。
 ラウンジから見たスタッフステーション
 以前なら私は相手にしなかったでしょう。婆さん相手の会話はきらいでした。
 卑近な例が妻の母。
 典型的な田舎のおばさんで、話すのはいつも見の上話。愚痴と自慢のくり返しで、陳腐な内容なのに、さも小説の主人公のように意味ありげに語る。あとは人の悪口。もう、うんざりです。
 妻とのあまりの違いに愕然とし、その後は適当にあしらいました。

 数年後、私は引っ越し、新しい土地でお婆さんたちとつき合うようになると、「多かれ少なかれ、年配女性とはそういうもの」と思うようになり、できるだけ話を聞くようになりました。
 同時に、自分は義母に対して何と冷たい仕打ちをしていたのか、忸怩たる思いに駆られました。
 当時の私は若く、話を聞く心の余裕がなかった。
病室から見た夕陽
 あるお婆さんとラウンジで話しているうちに、話が通じ、その流れで義母のことを話したところ、「きっとお義母さんはわかってらっしゃいますよ」
 これには一瞬ウルッときました。
 ところが病室に戻ろうとすると、「あなたはF町に住んでいるのね。するとあなたについていけば帰れるのね」と私の後から車椅子でついてこようとします。
 なにをいうのだ、この婆さん。
 私はあわてて看護婦さんを呼び、引き止めてもらいました。
 しっかりしたお婆さんだと思ったのに、愕然としました。

 かと思えばいつも大声で話すE婆さん(93)。「S子(娘さんの名)はこないね。S子を呼んで」
 看護婦さんは「さっき呼びましたよ」。(方便です)
 この人は若いころ、料理屋の女将をやっていて、一時は羽振りがよかったそうです。
 あるとき、数人で雑談していたら、ここ(病院)の食事は誰が賄っているのか、しつこく聞き、
 「私の年金で皆さんにフランス料理をご馳走しますよ」
 これには一堂、声を合わせて「ありがとうございます。ご馳走になります」
 (バカバカしい)
 この人は系列の療養病院に転院しましたが、公約はとうとう実現されずじまい。

 こうしたお婆さんと話しするのは、けっこう退屈しのぎになります。
 ただしけっして真に受けてはならない、と痛感しました。
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