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 大覚寺(だいかくじ)にも足を延ばしました。
 ここは嵐山の中心からはかなり離れています。
    

 6年前嵐山にきたときは、上腕骨と足首の骨折で退院してきたばかりだったので、最初からあきらめていました。
 しかし今回は大丈夫。相変わらず雨が降り続いていますが、何のこれしき。
    
 とはいえ大覚寺のなかは雨のため下には降りられず、移動は廊下を伝って。
 堂内、室内は撮禁なので中庭や池など外の景色だけ撮りました。
 まずは御影堂。

前庭と御影堂 

 大覚寺は真言宗大覚寺派大本山の寺院。山号は嵯峨山。本尊は不動明王を中心とする五大明王、開基は嵯峨天皇。嵯峨天皇の離宮を寺に改めた皇室ゆかりの寺院とのこと。
 本堂は五大堂とも呼ばれています。

中庭から見る本堂 

 本堂の裏が大沢池(おおさわのいけ)
 この日は雨のため、下まで降りることはせず、本堂の舞台(テラス?)から撮りました。

本堂から見る大沢池 

 大沢池は中国の洞庭湖を模して嵯峨天皇が築造したものといわれ、日本最古の庭池とされているそうです。
   

 そこからさらに北側の廊下を通って中庭を見ると、目の前に見えるのは勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)。
 大正14年(1925)、法隆寺の夢殿を模して再建されたもので、鉄筋コンクリート造の八角堂。

勅封心経殿 

 内部には嵯峨、後光厳、後花園、後奈良、正親町、光格天皇の直筆の心経が収蔵されているとのことで、開封は60年に一度とか。

 ちなみにそれぞれの堂を渡る廊下は「村雨の廊下」と呼ばれ、すべて直角に曲がり、天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られ、床は鴬張りとのこと。

村雨の廊下 

 鎌倉時代は後宇多法皇がここで院政を行ったこともあるので、物騒なことはできるだけ避けるような工夫がなされていたらしい。

中庭と村雨の廊下(右) 

 いずれにせよ、この大覚寺は皇室とはつながりがあり、日本の政治史に深い関わりをもつ寺院であることがわかりました。
 遠くまで歩いてきた甲斐はあったけど、生憎の雨で池をじゅうぶん見られなかった。
 今度は晴れた日にきてみたい。



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