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 伊勢佐木町から、国道16号を渡って、大通(おおどおり)公園に出ました。
 ここはJR関内駅から地下鉄板東橋駅まで約1.2km、幅30mの公園が真っすぐに伸びています。

大通り公園 

 これは昔、新吉田川という運河が流れており、板東橋を過ぎたところで左斜めに折れ、掘割川となって磯子に出る水路として利用されていました。
     

 しかし新吉田川は昭和48年(1973)、水運の役割を終え、地下鉄の建設とともに埋め立てられ、昭和53年(1978)、大通り公園となりました。
 公園の真下に横浜市営地下鉄ブルーラインが通っています。

 この新吉田川と中村川に挟まれた一帯に横浜遊郭がありました。
 最盛期は伊勢佐木町から見ても、川向うには「ひと晩中、煌々と灯りが点いていた」といいます。
      

 以前にも述べましたが、横浜が町の様相を呈しはじめた幕末のころ、湿地帯(太田屋新田)のなかにできた「港崎(みよざき)遊郭」が遊廓の第一号。(横浜公園にその痕跡あり)
 遊廓はその後吉原町(今の羽衣町)に移転し、さらに高島町→長者町→真金町・永楽町に移りました。

  *    

 真金町・永楽町の遊郭は、明治21年から赤線が廃止される昭和33年まで続きました。
 廃止されたあとは大半が住宅街となり、今はその面影はありません。
 以前唐破風の建物があって、遊廓の風情を思わせましたが、今はそれもなく道の中央に植え込みがあるのがわずかに当時を思わせます。(永楽町にはラブホテルが点在)

中央の植え込みが当時を偲ばせる       

 この突き当りに「金刀比羅・大鷲神社」があります。
 金刀比羅神社は遊郭の移転とともに移り、現在の地に。また大鳳神社は1872年、港崎遊廓が高島町に移転した際、東京・吉原「おとり様」を勧請しました。
 したがって両神社とも遊郭とは切っても切れない神社です。

 金刀比羅大鷲神社  

 この裏側は横浜橋商店街です。
 横浜橋はかつて新吉田川に架かっていた橋。そこから南に約350mほど南に延びた商店街なので横浜橋商店街と呼ばれ、活気に満ちた商店街です。

横浜橋商店街

 今年7月2日に亡くなった桂歌丸師匠はこの地の出身で、歌丸師匠もことのほかこの商店街を愛していたそうです。
 ちなみに大通公園を横浜橋から少し西に進んだところに師匠ゆかりの「歌丸桜」があります。
 この桜の木は福島県三原町にある「三春滝桜」の孫桜で、品種は紅枝垂桜とか。

歌丸桜 

 そこから大通公園を西に進むと地下鉄板東橋の駅で、さらに進むと目の前を横切る藤棚浦舟通(81号)に突き当たります。その先は首都高の建物で、大通公園はここで終わり?

目の前は藤棚浦舟通 

 そこで向かい側に渡ってなおも進むと、高速道路と(大通公園の)グリーンベルトが左に折れていることがわかります。

高速道路とグリーンベルトが左に曲がっているのがわかる 

 グリーンベルトの方向に行かないでそのまま直進すると、国道16号になります。

    

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