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 追浜駅から京急線沿いを田浦方面に少し歩いたところで目にとまった「良心寺」の石柱。
 このところ人心は荒れるばかりで、良心の存在は極めて疑わしい。
 まして当方の良心など吹けば飛ぶようなもの。
「良心寺」の石柱 
 そんなことを思いながら参道を上りました。
良心寺・参道 
 同寺は浄土宗で、宗祖は法然上人、開宗は承安5年(1175)とか。
 鐘楼はなかなか立派です。大晦日はこれを撞きたくて大勢の人が並ぶとか。
良心寺・鐘楼 
 本堂が変わっています。
 日本の寺院とはまるで様相が違う。
 写真を撮っていると、「お参りですか」とお寺の関係者らしき人から声をかけられました。
 「ええ、入口に『良心寺』の石柱を見たもので。わが心のなかに良心というものがあるかどうか、はなはだ疑わしく思ったものですから」
 「疑うのは良心がある証しです」
 「えッ、本当ですか」
 「良心があるからこそ、自分の良心のあるなしを疑うのです」
 なるほど。どうやらこの人は寺の住職らしい。
良心寺・本堂 
 「それにしても、この本堂は変わってますね。日本の寺じゃないみたい」
 「これはインドのパコダを模したものでね。でももう50年ぐらい経ちますよ」
 「えッ、そんなに古くから」
 この寺院はただものではない。
   
 本堂の前に幹から複数の枝がまっすぐ上に伸びた木があったので聞いてみると、
 「これは京都の北山杉です」
 との答え。ふーむ、北山杉とはこんな特徴があるのか。
北山杉 
 そういえばこの寺、2年前(2016/07/15)にもきたことがありました。(あとで思い出しました)
 このときはただ写真を撮っただけでしたが、今回は住職らしき人と話ができようとは。
        
 そして2年前と同じように、その近くの「首斬観音」に寄りました。
 そのいわれは、大正末期、現在の16号の工事の際、頭蓋骨が数個発見され、それが江戸時代の犯罪者が斬首されたものと推測されて、地元住民が供養碑として石塔を建てたことによるものです。
首斬観音 
 良心のあとは首斬り?
 これは良心をなくすとこうなるぞ、との戒めとして、2年前と同じく鷹取山に向いました。
 なんのこっちゃ。

     

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