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 陸軍桟橋から燈明堂まで地図で見ると約1.5km。
 まあ何とか行けるだろうと思って海岸沿いの道を歩きました。
       

 途中「シティマリーナヴェラシス」というヨットハーバーを通りました。
 金網越しにレンガ積みのドックが見えます。かなり歴史のあるヨットドックのようです。

シティマリーナヴェラシス      

 そこからさらに歩くと燈明堂入口。
 入口といっても燈明堂までは岬へ行く道を約500m歩きます。何だよ。
    

 それでもやっと岬(燈明崎)に着きました。
 下の写真、左の森の間から屋根らしきものが見えますが、これが燈明堂のようです。

燈明崎 

 燈明堂へは木々に囲まれた細い道を歩きます。

燈明堂への道 

 その先にぽっかりと建っているのが燈明堂。
 燈明堂は江戸時代(慶安元年=1648)に建てられた和式灯台で、その灯(燃料は油)は房総半島まで届いたそうです。

燈明堂(復元されたもの) 

 その後も燈明堂は一日も休まず夜間の海上を守りましたが、明治2年(1869年)日本初の洋式灯台である観音埼灯台建設によって、明治5年(1872)に廃止されました。
 現在の燈明堂は平成元年(1989)に復元されたものです。

燈明堂から見る南の海岸 

 これを見ると、観音埼灯台以前に日本では和式灯台があったことがわかります。
 江戸時代の知恵、恐るべし。

供養塔? 

 燈明堂の近くには供養碑らしきものが立っていますが、立て札(解説板)によると、
 「このあたりはかつて浦賀奉行所の処刑場だったため、首切場と呼ばれていた」とのこと。
 何となく陰気臭い感じがしたのはそのためか。南無阿弥陀仏。

      

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