二階から子づくりしろも的はずれ
    

 これは先日(06/27)のTBSラジオ「デイキャッチ・時事川柳」で優勝した川柳です。
 二階とは「二階から目薬」と「自民党の二階幹事長」をかけていて、氏が講演で「子どもを産まないほうが幸せになれるんじゃないかと、勝手なことを考えて」と発言したことによるもの。
 氏はさらに「この国の一員として、みんなが幸せになるためには、子どもをたくさん産んで、国も栄え、発展していく方向へ行くようにしようじゃないか」と語ったとか。
 また5月には自民党の議員が「女性に3人以上の子どもを産み育ててほしい」と呼びかけたそうです。
 これらの発言は、「子どものいない家庭への配慮を欠く」と物議をかもしているようです。
   

 この報道に私は「またか」と思いました。
   

 たしかに、国家が存続するには出産(子育て)は欠かせない要素――は自明の理。
 しかしこれは「我思う、故に我あり」と同じく、真理ではあるけど、「それがどうした」という何ら実効性のないお題目。
 政治家ならお題目ではなく、子育てしやすいような環境づくりを提示するのが本筋だろう。
 それをろくすっぼせず、なんの具体性もない「お題目」を講演で偉そうに説くとは。その辺のオッサンが飲み屋でグダグダいってるのと違うんだからね。
    

 もっというなら、果たしてこの国は若者にとって希望の持てる国なのだろうか。
   

 若者の考えていることはよくわからないけど、私のような年寄りが見ると、この国の将来には何の希望も見いだせない。
 とくに今の政府の姿勢。
 「私や妻が(学校創設に)関わっていたら、総理どころか議員も辞めます」といったくせに、関わっていた事実がぼろぼろ出てくると、「関わっていたというのはそういう意味じゃない。利益に預かっていたということ。当り前じゃないですか」といけしゃあしゃあと反論する首相。
 またそれを擁護しようと官僚がいろんな事実をごまかし続けた。
    

 国のトップがこんな体たらくでは、もう将来はない。
 私はそう考えて、残り少ない(?)余生を、「行きたいところへ行き、見たいものを見よう」と思うようになりました。
 この2ケ月ほど、横須賀、鎌倉、三浦……と立て続けに遠出しているのはその表れです。
    

 これは私の勝手な想像だけど、若者も(私と同じように)この国の将来にあまり希望を持っていないのではないか。
 それが「出産意欲の低下」という具体的な現象として表れている。
 いくら為政者が「子どもを産め」といっても、招来に希望がなければとてもそんな気にならないだろう。
    

 ある失言大臣にいわせると、「今の若者は新聞を読まない」「新聞を読まない層が私たちを支持している」と、我われ(の政党)は若者に支持されているとご満悦だったけど、こんなところで手痛い「しっぺ返し」を食らわされているのではないか。
   

 以上、取りとめもないことをいったけど、政治家の「子どもを産まない女は身勝手」発言は、与えるもの(子育ての環境、もっといえば招来の希望)は与えず、要求するだけの空手形。それこそ政治家の身勝手な発言だろう。
 
 我われ世代はかつての「産めよ、増やせよ」政策の胡散臭さを先代の不始末を見聞きしているのでわかっている。それが若者にも(いわなくても)伝わっているのではないか。
 だから為政者がなにをいっても「笛吹けど踊らず」状態だ。国民を躍らせたいなら、自らが襟を正して希望の持てる国づくりをしてくれ。

 国民に要求するだけの為政者はあまりに浅ましい。
 これは恋愛と同じで、愛国心にせよ、親孝行にせよ、愛を要求するものではない。愛されるにふさわしいものになれば、自然に相手から愛されるのだから。

    

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