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 最近エコパで親しくなったK爺さん。
 私よりかなり先輩ですが、こちらに越してきたのは3年ほど前。それまで80年間ずっと新宿二丁目界隈に住んでいたといいます。
            
 「二丁目というと、ゲイバーがいっぱいあるところですよ」というと、
 「そうです、そうです。今やすっかり有名になって、タレントのDをはじめ、あそこから出たのが多いんだよ」
   

 ここは30年ほど前ゲイバーの取材で何度か訪れたことがあります。
 そのころはゲイバーの全盛時代で、この狭い地域に200軒ほどのゲイバーがひしめいていました。しかし今はかなり下火になっていると思われます。

新宿二丁目の飲食街     

 「そうだねえ、あのころの勢いはなくなったけど、それでもしぶとく残ってるよ」
 「あそこはもともと遊郭だったからね。五木寛之の『青春の門』なんかによく出てました。でも売防法(昭和33年)でなくなりましたね」
 「でも私は間に合って何度か遊びに行きましたよ。なにせ地元だからね。子どものころは通学路だったもの」
  

 二丁目はともかく、学生時代は三丁目にはよく通いました。
 「シネマ新宿」「日活名画座」は低料金で名画(洋画)が観られたし、ジャズ喫茶「ピットイン」も近くにあったから。
     
 それになによりも、花園神社界隈はかつての私の職場。
 20代の半ば、初めて勤めたのが花園神社近くの出版社。私はそこで(成人向け)娯楽雑誌の編集に辣腕を振るい(?)ました。発禁で呼び出されたこともあります。

花園神社     

 「私の職場はYビルの4階にあって、下は酒屋のY商店でした」というと、
 「えッ、Y商店? 私、そこのオヤジとは友だちだったんだよ。ふだんは温厚だけど、酒飲むと性格が変わってね」
 これには絶句。

 そして「友だちだった、とは?」と聞くと、
 「10年ほど前に亡くなってね。今は息子が継いでるよ」
 「…………」
      
 さらに、
 「あそこが職場だったなら、あの辺はよく歩き回ったでしょう」
 「そう、近くに会社の分室や倉庫があったし、飯屋や喫茶店があったからね」
 「あのあたりは知り合いが多いから、よく知ってますよ」
 「じゃあ、そば屋のWや、定食屋のFなんかも?」
 「知ってるよ。明治通りの反対側にあるWでしょ。まだやってますよ。路地に入ったFはもうないけど」
 なんと、当時私が同僚たちとうろついていたところは全部知っている!
   

 「喫茶店もよく行きましたよ。作家やカメラマンと打ち合わせするのは歩道橋下のMだったけど、個人的にはGが好きで、よく行きました。あそこはコーヒーが美味かった」
 「そうそう、あの店主は私より5歳ほど若いけど、よく知ってるよ。マジメな男でね。いつもコーヒーの味を研究していたよ。そもそも私は彼の姉さんと同級生なんだ」
 あまりの一致にこちらはおどろくばかり。
     

 もっともおどろいたのは私だけではなくK爺さんも同じで、見知らぬ埼玉の片田舎へきて、自分の古巣のことをよく知っている人間に出逢おうとは夢にも思わなかった。
 「いやあ、懐かしいなあ。ここへきて新宿のことを初めて話しましたよ」
 そして、
 「今度新宿に行きましょうよ。あなたの好きなGはまだ営業してますよ」
 と誘われたのですが、答えはムニャムニャ……。
 たしかに懐かしさはあるけど、職場だっただけに負の思い出もあるので、退社してからはなんとなく避けていました。
   

 それでもふたりに共通した実感は、
 「つくづく世間は狭い」
 「長生きはするものだなあ」
 でありました。

     

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